マレーシアの政局と同性愛

今回の私の関心はマレーシアの政局。今年3月のマレーシアの総選挙では、これまで30年も政権を維持してきた与党連合の国民戦線(BN)が大幅に議席を減らした。過半数はとったので政権は維持しているけれど、13の州のうち5つの州で野党政権が誕生するなど、歴史的大敗と言うほどの散々な結果になった。かわって議席を大幅に伸ばし、政権に手が届く寸前になっているのが野党連合の人民協約(PR)で、その指導的な立場にいるのがアンワール・イブラヒム。かつてマハティール政権時代には出世街道をのぼりつめて副首相になったけれど、1998年に副首相をクビになり、BNからも追放された。
ついでにアンワールについてちょっと書いておくと、マレーシアの前首相だったマハティールは強権的だというイメージがあって、それへの対抗勢力としてアンワールに対する期待がかなりある。というより、アメリカ方面からの期待が大きいらしい。マハティールが首相時代にアメリカに対してけっこう厳しい表現で批判したりしたから、それへの恨みもあってアンワールに肩入れしているような気もする。政府内にいたとき、マレーシアの国政レベルではアンワールもかなり強権的なことをしていた。マハティール憎しだか知らないけれど、マレーシア国外の人がやたらにアンワールを持ち上げているのはいかがなものかと思う。でもこれについては別の機会に考えることにしよう。
さて、10年前にアンワールが副首相をクビになったのは、同性愛行為をしたという容疑と、その捜査に介入したという職権濫用の容疑のためだった。裁判では同性愛行為は無罪になったけれど、職権濫用で有罪になった。近頃その刑期を終えて、公民権も回復して選挙に出られるようになった。この間にアンワールの奥さんが夫の選挙区を受け継いで議員になっており、それを辞職して2か月以内に行われる補欠選挙にアンワールが出て国会に復活するぞ、というのがアンワール側の最近の動き。これに対して、またアンワールの同性愛容疑が持ち上がり、警察に取り調べられたりしている。念のため、どうして同性愛行為で取り調べを受けているかというと、マレーシアでは正式に結婚した男女が男性器と女性器を結びつける以外の形での性行為が刑法上の罪になるから。それはイスラム教が国教だからとかいう人もいるけれど、実際にはイギリスによる植民地時代にアフリカなどでの経験をもとにイギリスが作った法律なんだとか。そして、10年前にアンワールが同性愛容疑で無罪になったのは、同性間の性交渉があったことが証明されなかったため。同性愛行為をしたけれど無罪になったというわけではない。
今回の同性愛容疑でのアンワールの取り調べに対しては、政府側がなりふりかまわずアンワールの政治参加を阻止しようとするのはひどいという人もいるし(でも法に従っていることは重要だと思う)、アンワールが今回は同性愛行為をやったのかやっていないのかに関心を向ける人もいる。アンワールは「やってない、政府の陰謀だ」という主張を繰り返している。
なお、マレーシアの政局について詳しく知りたい人は以下のページを。マレーシア研究者たちが、論文として発表される前の段階の研究の最前線を紹介してくれている。
日本マレーシア学会(JAMS)
http://uiam.at.webry.info/
マレーシア政治ニュースデスク
さて、ずいぶん前置きが長くなったけれど、この動きで私が関心を持っているのは、アンワール側は「やっているかいないかは関係ない、同性愛行為の何が悪い」とはやっぱり言わないんだなあということ。同性愛に対してかなり許容度が高いインドネシアは別格として、同性愛行為が法律で処罰の対象とされるマレーシアやシンガポールでも、映画や小説でゲイやホモセクシュアルを見る機会が増えている。東南アジアでイスラム教の影響が大きい国々では、国によって程度の違いはあるけれど、同性愛に対して寛容度が高まってきているという印象を持っていた。でも、少なくともマレーシアでは同性愛は依然として強いタブーなんだと改めて思った。