ラスカル・ワタニヤ

隣国マレーシアでは来月8日に総選挙だそうだけれど、そのニュース以上にマレーシアがらみでこの数日間インドネシアのマスコミで取り上げられているのがラスカル・ワタニヤ問題。
インドネシアでの報道だけに頼って書いているけれど、マレーシアで4万人とも4万5000人とも言われる警備団ラスカル・ワタニヤ(laskar wataniah)というのが作られ、その一部人員がボルネオ(カリマンタン)島のインドネシアとの国境地帯に配備されていて、なんとインドネシア国民が加わっているらしい。
国際司法裁判所を通じて2002年にシパダン・リギタンの帰属がマレーシアとされた一件以来、インドネシアでは、インドネシアに権利があるものをマレーシアが不当に奪っているという意識が強く感じられる。その「泥棒国家」マレーシアが自分たちの国境を守るためにインドネシアの国民を使っている、これはけしからん、ということらしい。
2日ぐらい前からテレビや新聞で報じられていて、テレビの評論番組では「ナショナリズムの侵害」などの論調で取り上げられていた。


ラスカル・ワタニヤに加わっているインドネシア国民はマレーシアとインドネシアの身分証明証を両方持っているらしいとか、カリマンタンの国軍関係者が調べたところそのような事実はなかったとか、この2、3日いろいろな情報が入り乱れている。
今日の報道によれば、どうやらラスカル・ワタニヤというのはマレーシア国民の心身を日ごろから鍛えておくのが目的で、軍事教練のような形をとっているけれど戦闘目的というわけではないようだ。国境地帯に配備というのも数ある配備先の1つとして挙げられているにすぎない。
しかも、ラスカル・ワタニヤの訓練プログラムに登録すると、訓練期間中に1日あたり数十リンギの日当が支給されるらしい。
インドネシア政府としては、彼らはおそらく通常の日銭稼ぎのつもりで参加しているのであって、国家主権を侵すとかいった意識はないだろうから、政府としては問題視しないという態度で臨む、と大人の対応を見せている。


同じく今日の新聞に、マレーシアで性産業に従事させられていたインドネシア人女性が解放されて無事帰国したというニュースがあった。ラスカル・ワタニヤと重ねて、Media TKIの記事を思い出した。
海外出稼ぎインドネシア人(TKI)の専門誌Media TKIによれば、TKI問題で重要なのは、非合法で国外に出るインドネシア人が少なくないことで、正規の手続きだと費用や手間がかかるためか(だからそれを軽減しようとMedia TKIが試みている)、あるいは本人の意に反して連れ去られてしまう例の方が多いのかは明らかにされていないけれど、非合法TKIと人身売買の問題は密接に結びついている。
Media TKIによれば、非合法で国外に出る主要経路には、
(1)ブラワン…北スマトラから海路でマレーシアのジョホールに渡る
(2)リアウ…ジャワから海路でバタムなどを経由してシンガポールジョホールに渡る
(3)ヌヌカン…南スラウェシや東ジャワから海路でマレーシアのサバに渡る
(4)エンティコン…カリマンタンから陸路や海路でマレーシアのサラワクに渡る
(5)スカルノ・ハッタ空港…香港、台湾、韓国、中東に飛ぶ
の5つがあるらしい。
非合法TKIのシンジケートが東ジャカルタとヌヌカンとエンティコンにあって、毎日平均して3000人のインドネシア人労働者(そのうち女性は約77%)が国外に非合法で出国しているらしい。
4番目に挙げられているエンティコンはカリマンタンインドネシア・マレーシアの国境にある。インドネシア側では、身分を証明するものが何もなくても20万ルピア払えばその日のうちに身分証明書が手に入り、その身分証明書を使って40万〜70万ルピア払えばさらに1日でインドネシアの合法のパスポートが手に入るのだとか。
ラスカル・ワタニヤの件で、マレーシアとインドネシアの両方の身分証明証を持っているという話を国軍関係者は否定しているそうだけれど、二重の身分証明証は公然の秘密のようだ。
ボルネオ(カリマンタン)島では、実態としては国境とか国籍とかが融解してしまっているのに、制度しては国境や国籍が導入されており、その矛盾がいろいろな形で現われる。ラスカル・ワタニヤ事件は、そんなカリマンタンの事情がインドネシアナショナリスト的な感情に利用された形になったできごとということだろう。


※その後の報道ではラスカル・ワタニヤではなくアスカル・ワタニヤ(Askar Wataniah)と修正されている。