86対80−−マレーシアの総選挙

BNとPBS−−手を結んでともにはためく

マレーシアで「民主主義の祭典」総選挙の見物を終え、ジャカルタに戻ってきた。選挙結果はいずれ各分野の専門家による分析が出てくるだろうけれど、その前にごく簡単な計算だけ。


日本でも報道されたように、今回(2008年3月8日投開票)の選挙では、与党連合である国民戦線(BN)は国会で過半数議席を得たものの3分の2の安定多数を獲得することに失敗した。また、州議会でも5つの州で野党勢力が単独または複数で過半数を占めた。私はまだ最終的な結果を手に入れていないが、手に入る情報のうち一番開票が進んでいるものによれば、国会(連邦議会)222議席のうち219議席分が判明して、与党BNが137議席、野党・無所属が82議席となっている。


ところで、この数字はマレーシア全国のものだ。マラヤだけ見るともっとすごい結果になっている、というのがここでの話。まずはその前提となる話を少し。
マレーシアは、やや単純化して言うと、政治的にはマラヤ(半島部マレーシア。昔の言い方では西マレーシア)、サバ、サラワクの3つの部分から成る連邦国家で、マラヤ、サバ、サラワクはあたかもそれぞれ別の国であるかのように存在してきた。
外国人にわかりやすい例が入国審査だろう。クアラルンプールからサバやサラワクに飛ぶと、同じ国内なのにイミグレーションがあって、パスポートを見せてビザのスタンプを押してもらう。あるいは、クアラルンプールで入国したときに押してもらう入国ビザのスタンプをよく見ると、「西マレーシアとサバに入境し、滞在することを認める」と書いてあり、サラワクは別扱いになっている。(サバも1980年代までは別扱いだったけれど、今はマラヤで押す入国スタンプにはサバも含められている。ただしサバでは今でも入境審査がある。)
1990年代に入るとマラヤとサバの関係がやや緊密になってきて、マラヤとサバではいくつかの分野での相互乗り入れが見られるようになってきたけれど、基本的にマレーシアは3つの部分から成る連邦国家というしくみに大きな変わりはない。


マレーシアの与党である国民戦線(BN)はいくつもの政党の連合体で、マレー人政党のUMNO、華人政党のMCA、インド人政党のMIC、多民族政党であると唱えているけれど華人政党と見られることが多いGerakanなどの比較的よく知られた政党をはじめ、いくつもの政党から構成されている。ただし、これらの政党はいずれもマラヤに根ざした政党で、マラヤの政治イシューに反応してお互いに対立したり協力したりしている。


サラワクにもBNがあり、州政権を担当しているけれど、これはサラワクの地元政党の集まりであって、UMNO、MCA、MIC、GerakanなどマラヤのBN政党はサラワクにはない。サラワクの与党連合はBNに所属しているため、国会ではBNの勢力としてカウントされることになる。でも、サラワクの人々にとってマラヤの政治イシューは自分たちと無関係であることが多く、やや乱暴な言い方をすれば、サラワク州の内政だけ見る限り、サラワクの州政権はBNであってもなくてもほとんど関係ない。マレーシアの中でサラワクは半独立国で、マレーシアの一部になっているのは名義だけであって、そのためサラワクの州与党も名義だけBNなのだと考えるとわかりやすい。


サバも、1990年まではサラワクと同じ状況だった。サバの地元政党が連合してサバ州の与党を構成して、それがBNを名乗り、国会ではBNの勢力としてカウントされていた。1991年にUMNOやMCAやGerakanなどマラヤのBN政党がサバに進出して支部を作り、今ではこれらのマラヤの政党とサバの地元政党が連合してサバのBNを構成している。
ここで重要なのは、サバではUMNOやMCAなどマラヤ政党のメンバーもサバ人だということだ。マラヤとの関係がどの程度なのかは専門家の分析に委ねるとして、ここではサバのBN政党はマラヤの政党と同じ名前だけれど、それは「看板だけ」であって、看板自体は書き換え可能だと書いておこう。


さて、ここからが本題の計算になる。もう一度確認すると、今回の選挙でのマレーシアの国家の議席配分は、
与党(BN)が137議席
野党・無所属が82議席
(3議席はこれを書いている時点で不明、ただしいずれもBNらしい)
となっている。これだと、BNは3分の2は獲得できなかったけれど過半数は抑えたということになる。
でも、繰り返しになるが、サラワクの政党はマラヤの政治イシューとはほとんど無関係の存在だ。サバも、マラヤとの関係がないわけではないけれど、マラヤの政治イシューと切り離されているという点ではサラワクとほぼ同じだ。今回の選挙の争点の1つになったインド系住民の扱いにしても、サバとサラワクにはインド系住民がほとんどいないので、冷たい言い方をすれば「他人事」だと思っている。マラヤで話題の焦点の1つとなっているアヌアール・イブラヒムの行く末も、サバやサラワクの人々にとってもは選挙の投票相手を決めるときに優先順位が高い話題ではない。
だから、UMNOを中心とするBN政権にマラヤの有権者がどういう審判を下したかを見るためには、サバとサラワクを除いてマラヤだけでBNと野党の議席を比べなければならないということになる。
マラヤ、サラワク、サバに分けると次のようになる。


マラヤ・・・BN 86議席、野党 80議席
サラワク・・BN 29議席、野党 1議席、未判明 1議席
サバ・・・・BN 22議席、野党 1議席、未判明 2議席
全国・・・・BN137議席、野党 82議席、未判明 3議席


このように、マラヤでは86対80で、与野党が拮抗状態にある。マラヤだけ見れば、4人移籍したら与野党が逆転する状況だ。BNの勝利どころか、サバとサラワクがなければ政権がひっくり返っていたかもしれないほどのBNの大敗ということになる。


このことは、サラワクの州与党がまとまってBNから野党に鞍替えすれば、連邦全体で野党政権が誕生しうるということを意味している。サバについては、単独では数が少し足りないし、マラヤとの関係があるためにサラワクほど単純な話にはならないけれど、でもBNが政権を維持するためにサバがとても重要な位置づけにあるということでは大きな違いはない。
今の状況で、サバやサラワクの州与党がBNから野党支持にまわって国政レベルで与野党が逆転する事態が起こる可能性はほとんどないだろうけれど、でもそのような可能性があることは、サバやサラワクにとってマラヤに対する交渉力のもとになる。サバやサラワクはこれまでマレーシア国内で周縁扱いされてきたけれど、マレーシア全体で重要な位置を占めることがあるということがこの選挙で明らかになった。


ついでに州議会についても少し。BNは5つの州で過半数議席を失い、BNが州政権をとっている州は(今回州議会選挙がなかったサラワクを含めて)8つになったと報じられている。
これについても、サバとサラワクを切り離して考えるとこうなる。


マラヤ・・・BN 6州、野党 5州
サラワク・・BN 1州
サバ・・・・BN 1州
全国・・・・BN 8州、野党 5州


ということで、マラヤだけ見れば、BN州と野党州の数は6対5ということになる。サラワクとサバは(特にサラワクは)BN政権といっても看板だけのようなもので、名義を野党側にすること自体は難しいことではない。もっとわかりやすく言うと、BN州と野党州は6対5で、ほかに2州が「中立、いまのところBN側」という状態ということだ。
マレーシアは連邦制といっても州の数で何かが決まるわけでもないので、仮に野党州が連邦全体の半数以上になったからといって直ちにどうこうなるということではないけれど(マラヤではこれまで経験したことがない事態だ。マラヤでも連邦化が進んだりするのだろうか)、これによってBNにとってのサバとサラワクの重要性が十分理解できただろうことは間違いない。


もう1つついでに、政党別の勢力分布について。
今回の選挙でUMNOは議席を減らしながらも78議席をとって第一党の地位を維持しているけれど(最終的にはサバでもう1議席増える可能性あり)、それはサバのUMNOの議席を加えた数字であることには注意した方がいい。マラヤ、サバ、サラワクでBNが獲得した議席の政党別内訳は次のようになる。


マラヤ
UMNO  66議席
MCA   15議席
MIC   3議席
Gerakan 2議席


サラワク
PBB  14議席
SUPP  6議席
PRS   5議席
SPDP  4議席
(未判明分の1議席はPRS議席となる可能性が高い)


サバ
UMNO  12議席
UPKO   3議席
PBS   2議席
PBRS   1議席
SAPP   3議席
LDP   1議席
(未判明分の2議席はUMN議席PBS議席になる可能性が高い)


ということで、UMNOの78議席(最終的には79議席?)という数字はサバUMNOを入れた水増しの数字であって、マラヤでの勢力をはかるために他の政党の議席数と単純に比べるわけにはいかないことに注意した方がいいだろう。


ついでに野党も書いておくと、


DAP・・・マラヤで26議席、サラワクで1議席、サバで1議席
PAS・・・マラヤで23議席
PKR・・・マラヤで31議席


となる。


この選挙の意義は、「少数民族」問題や世代交代などいろいろあるだろうけれど、その1つとしてマレーシアにおけるサバ・サラワクの位置づけの再確認という意義もあるということを改めてメモしておきたい。


追記.3月10日になって最終的な結果が手に入った。ウェブ上では
http://elections2.thestar.com.my/results/results.html
などで見ることができる。
判明していなかった3議席はいずれもBNが獲得して、最終的には国会でBN対野党が140対82になったらしい。もちろん、マラヤだけ見たときに86対80という数字は変わっていない。