スハルトの墓所

連休を利用してジョグジャカルタを訪問し、ついでにソロまで足を伸ばしてスハルト元大統領の墓所に行ってみた。
車でソロの町からかなり遠くまで走り、山道を登っていくと、途中で大雨になった。駐車場で車を停めると傘をさした子どもたちが車に群がってくる。1本5000ルピアで貸してくれるらしい。
傘を借りてゲートをくぐり、階段を上って墓所の前に来ると、墓所の入り口に人がびっしりと立っていた。脱いだ靴を入れるビニール袋を貸してくれる子どもや、場所訪問記念写真を撮ってくれるお兄さんたち、訪問記念写真を売っているお姉さんたちなどに取り囲まれた。こういうときは素直に流れに身を任せて、ガイドを申し出てくれる人に案内を頼んでついていく。
墓所の中央部に入るとお墓が5つ並んでいて、そのうち1つだけ墓石がなくて花が敷き詰められていた。それがスハルトの墓で、墓石は亡くなってから1000日目に載せるらしい。ジャワの習慣なのかイスラム教の習慣なのかよくわからなかったけれど、人が死んでから1000日が1つの区切りになっているらしい。


墓所のまわりを案内してもらって駐車場に戻るまでに、いろいろな物売りやサービスの勧めを受けた。
おもしろいことに、傘貸しも訪問記念写真売りも5000ルピア均一だった。訪問記念写真を買う人はけっこういるようだった。墓所の訪問客帳を見せてもらったら、ざっと数えて1日300〜400人の訪問客がいた。商売の機会としては悪くないだろう。
墓のまわりの物売りで思い出すのはジャワの九聖人の墓だ。九聖人の墓も、そこに住み着いているような墓守コミュニティがあって、訪問客相手にさまざまな商売を行っている。みやげ物を売ったり傘を貸したりしているのはいいけれど、訪問者を取り囲んでカネをせびったりと、あまりいただけない態度の人々もいる。大人も子どももやっている。
スハルトの墓はまだそこまで行っていないけれど、いずれ近いうちに九聖人の墓のようになったとしても驚かない。スハルトの墓は、地元の人たちにとってちょっとした商売の機会となっており、大きな金儲けはできないとしても、少なくとも食いっぱぐれることはないような場所になりつつある。スハルトに対する評価はさまざまだが、この墓所について言えば、まさに自らの身をもって地元の人々の食い扶持を確保する場所を作り出したということになる。
墓は死んだ人のためにあるのではなく残された人たちのためにある。数百年経ったら、スハルトに対する評価の細かいところはどこかに行ってしまって、「20世紀後半にこの地域を支配した王様一族の墓」などと紹介されるようになるのだろうか。