バリ観光

バリ島に行ってきた。インドネシア国内で訪れたことがある最東端を大幅に更新した。
はじめてなので見るものがすべて珍しい。まわったのはスミニャックサヌールとデンパサールの一部で、わずか1日だけの滞在だったけれど、案内したくれた人がピンポイントで訪問地を選んでくれたためにいろいろなものを見ることができ、いろいろ思うことがあった。
とはいってもそれらはおそらくバリを訪れた多くの人が持つ感想で、すでに本やウェブ上などでさんざん紹介されたり議論されたりしていることかもしないけれど、最初にバリを訪れた感想が新鮮なうちに書いておこう。
バリにやたら詳しい友人がいるのでその人に聞けばいいのだけれど、彼はバリについて尋ねられると「それは私の本に書いてある」「それはおもしろそうだから調べてみよう」しか言わない人だし。今回のジャカルタ滞在中にも何度か会っていたんだけど、まさかバリに来るめぐり合わせになるとは思わなかったのでバリのことを根掘り葉掘り聞いていなかった。


土曜の夜はスミニャック地区のStudio5の近くがにぎやかになると言われて行ってみた。ある店からは大音響で音楽が流れ、店の中で人々が密集して踊っていた。客はほとんどすべて男性らしい。お立ち台で腰をくねくねさせて踊っているのはビキニパンツの若い男性4人。
店が開放的なので通りから丸見えで、地元の人々?は通りの向かい側に座ってその様子を眺めていた。なかには女装の男性たちも何人かいた。
しばらく行くと、何軒か隣の店では、同じようににぎやかに人々が踊っていて、お立ち台で踊っているのは体の露出の多い女性たちだった。そうかと思うと静かに飲むだけの店があったりとか、いろいろなタイプの店がある。ここはありとあらゆる欲望に対応できるような場所なのかもしれないと改めて感心した。


外から丸見えなのでお金を払わなくても見えるからもったいないという声もあったけれど、閉じた中でなにやら楽しそうなことをやっていれば、そこに入れない人たちは「自分たちは排除された」と思わされる。インドネシアの人たちは、自分が何らかのまとまりから排除されることにとても敏感だ。バリ人もたぶん同じではないかと思う。ということで、店をオープンにしているのは安全のためという意味もあるのだろう。


バリはあらゆる欲望に対応できる場所なのかもしれない。何かやりたい人たちがある程度集まれば、それがどんなことでも提供してみせるという勢いがある。だから、バリを訪れた観光客にとって、バリに何があって何ができるのかをまず調べるというのは適切な態度ではないのだろう。何でもあるのだから、「何があるか」ではなく「何をしたいか」を言えばいい。きっとそれができる場所がある。
バリの町をうろうろ歩いていると、客引きの人たちに「なにしたい?」と声をかけられる。外国人に声をかけるのはどの観光地でもあるけれど、ここでは「どこ行くの?」ではなく「なにしたい?」と声がかけられる。何でも提供できるバリに実にふさわしい呼びかけだ。


バリが何でも提供できるとしたら、世界中にあるものがバリにあることになる。そうすると「バリらしさ」がなくなってしまうのではないか。それを防ぐ役割を果たすため、「何でも提供できるバリ」と裏表にあるのがバリのヒンドゥ教なのではないかと思ってしまう。バリでは日常的にお祈りやお供えが見えるために一種独特の雰囲気があり、バリ社会には自分たちが入り込めない部分があると観光客に思わせている。


ところでこのお供え物。家の中とか店先とかスーパーのレジとか、いたるところにお供えセットが置かれている。5色の花からできていて、使い捨てで1日2回取り替えるらしい。自分の家で作る人もいるけれど、面倒なのでお供え物を作って売る専門の人もいる。案内してもらったら、夜の市場でおばあさんや娘たちが作って売っていた。10個20個を重ねて袋に入れたものが仕出し弁当のように売れていく。バリじゅうなのか特定の地域だけなのかはわからなかったけれど、いずれにしろかなりたくさんの人がお供え物を消費している。これはバリの隠れた一大産業かもしれない。


隠れた産業と言えばツバメの巣を思い出す。東南アジアで伝統的に宗教が盛んな土地だと聞くと、つい洞窟を探してしまう。
東南アジアの洞窟にはツバメが巣を作る。中国人に高く売れる。だから洞窟を独占したい。そのためにはよそ者を遠ざけなければならない。でも自分たちがそこに行く理由は残さなければならない。ご神体を備えて宗教施設にしておけば、自分たちがお参りする理由はあるし、そこで何をやっているかは秘密にできるし、よそ者は入りにくい。土地の所有権なんていう話が出てきても、宗教施設だと言えば政府や篤志家に無償で提供してもらえたりする。
というわけで、東南アジアでは洞窟とご神体とツバメの巣は3点セットになっている。バリはどうかと思ったら、観光ガイドによると洞窟がいくつかある。よく知られているのは「ゾウの洞窟」といって、場所はウブドで、洞窟の入り口には怪奇な姿の像があるらしい。入り口に奇怪な像を置いて人を寄せ付けないようにしているなんて、ますますもって大事なものがあるために人よけをしているように思えてしまう。
そうかと思えば、バリ島の沖にある小さな島は、島そのものが洞窟で、そこにツバメが集まるので「ツバメの洞窟」と呼ばれているらしい。写真を見せてもらうと、海沿いの崖に洞窟があって、船で行かないと近寄れず、ツバメの巣を採るにもずいぶん厳しそうだ。
でも、これは本当にツバメの巣を採るための洞窟なのか。東南アジアの各地には、中国などから来る客人に対してツバメの巣を採るのがいかに大変かを理解してもらう(そしてツバメの巣が高いことに納得してもらう)ためとしか思えないような観光地がいくつもある。実際にツバメの巣を取っているのはそれとは別のアクセスが容易なところだったりするが、ツバメの巣とりの大変さをアピールするために洞窟が用意されている。バリのこの「ツバメの洞窟」も、そういうツバメの巣観光の1つかもしれない。


Lion Airの機内放送で「禁煙」のことをtanpa asap rokokと言っていた。インドネシア語の「禁煙」でよく聞くのはbebas rokokで、これはbebas cukai(免税)と同類の表現なんだろうけれど、これだと「タバコ吸い放題」という意味にも取れそうなので紛らわしいと気になっていた。tanpa asap rokok(タバコの煙なし)ならその心配はなくなる。