改訂版『マレー・ジレンマ』など

会議の合間にクアラルンプールの本屋へ。マンガがものすごく増えているのに驚く。今回見つけたのはマレー人に関する本2冊。


Mahathir bin Mohammad. Dilema Melayu. (Marshall Cavendish, 2008)
これは日本でも有名なマハティール前首相の著作『マレー・ジレンマ』の38年ぶりの改訂版。

念のために解説しておくと、1969年5月に総選挙で与党連合が大敗したことを契機にクアラルンプールでマレー人と華人がそれぞれ武装して衝突し、100人以上が死亡する暴動事件が起ったところ、若手政治家だったマハティールが時の首相であるアブドゥル・ラーマンの政策を批判して、華人支配下で経済的繁栄を享受するか、それとも多少の困難を覚悟の上でマレー人を中心とした国造りをするかと訴えかけたのが本書。「マレー人は近親相姦が繰り返されてきたので遺伝的に競争に弱い」というような医者らしからぬことも書かれていたりして、この本は発禁処分になり、マハティールは与党UMNOから除籍された。マハティールがUMNOに戻り、1981年に首相になると、マレーシア関係者のさしあたりの必読書となったのがこの本。日本語の翻訳も出ている。

初版の出版当時から状況が変わったので内容を見直ししてはどうかとずっと言われていたマハティールが、首相を退き、そして今年3月の総選挙での与党連合の大敗を受けて、「もはやこれまで」と改訂版を出版した。ということで、暇ができたので過去の仕事を手直ししたというようなものではなく、マレー人の現状を憂えて何とかしようという思いで書いたものと受け止めるべきものだ。

どのくらい書き直しているのかはまだ読んでいないのでわからないが、新旧の「マレー・ジレンマ」を比較すると、おそらく学部の卒論ぐらいにはなるだろう。そのうちに誰かやるだろうから、やる人がいるなら今のうちかも。その場合には、マハティールが中国を「China」、マレーシア華人を「Cina」と使い分けていることや、「民族」に当たるマレー語の「bangsa」や「kaum」などをどう使い分けているかなどにも言及するとよいかも。

本の題名は、正しくは『マレー人のジレンマ』なんだろうけれど、日本では最初の翻訳が「マレー・ジレンマ」としてしまったのですっかり定着してしまった。改訂版を訳す人にはぜひ『マレー人のジレンマ』でお願いしたい。


もう1つはこれ。
Anthony Milner. The Malays. (Wiley-Blackwell, 2008)

マレー研究の大家によるマレー人研究の集大成。時代は前近代から現代まで、地域はマラッカ海峡両岸から東南アジア全域まで、多くの研究を紹介しながらマレー人について論じている本。参照されているのは英語とマレー・インドネシア語の研究がほとんどだけれど、索引を見ると日本人研究者も何人か載っている。

他の研究者の研究を紹介しているので、これ1冊読んだだけでマレー人についてすべてわかるというわけではなく、この本をガイドにして紹介されている研究を個別に読んでいく必要があるのだけれど、それでもマレー人を語るにはまずこの本は踏まえていないと語れないという必読書。ハードカバーだとちょっと高いけれど、マレーシア社会に関わるならぜひとも買うべき。ペーパーバックが出るといいけど。