恋の時効は2年間−−映画「Selamat Pagi, Cinta」

クアラルンプールで会議に続けて2つ出ることになり、その間に1日休みが取れた。本屋をまわって映画館をチェックすると、「チチャマン2」は来月公開ということで残念ながら観られなかったけれど、かわりに11月20日に公開されたばかりの「Selamat pagi, Cinta」がかかっていた。

ポスターなどの宣伝は、見るからに今はやりの豪華キャスト。

「細い目」「グブラ」などのオーキッド役で日本のアジア映画ファンにもすっかりお馴染みになったシャリファ・アマニ(スチ役)。シャリファが「チンタ」で共演したキュー・ハイダル(アザム役)。

そして、「ゴールと口紅」のプトリ役を演じたファズラ(ジュリア役)と、プトリが失恋から立ち直るのを支えた好青年のピエール・アンドレ(イルハム役)。

「チンタ」の物語がスチとアザムの物語として、そして「ゴールと口紅」の物語がジュリアとイルハムの物語として語り直されるという趣向だ。

1つの物語は、「身分の違いが愛を引き裂く」というちょっと昔のマレー映画風。スチは高級車で送り迎えされる由緒正しい家のお嬢。対するアザムはアルバイトで学費や生活費を稼ぐので精一杯の貧乏学生。同じ芸術学校に通っていて、お互いに惹かれあっていて、初デートをして、と話が進んでいく。ところがスチの両親がスチの結婚相手を決めてしまい、その相手がいかにも家柄がよくて高級車で迎えに来る男だったりする。アザムは身分の違いを乗り越えてスチとの愛を成就させることができるのか。

もう1つの恋の物語も「病が愛を引き裂く」という一昔前からある要素が入っているけれど、話が早く進むのでちょっとわかりにくい。本屋で同じ本を手に取ろうとして偶然出会ったジュリアとイルハム。ジュリアははじめ警戒していたけれど、再びばったり出会ったイルハムに「これは運命だ」と言われ、その場でコインを3回投げて3回とも表が出たので結婚することに。
「「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの」という短歌があったけれど、「コイン投げ3回で決めてしまっていいの」と言いたくなる。
イルハムは最初から咳込んでいるシーンがあり、何かの病気にかかっている印象があったけれど、結婚直後に喀血して病院に運ばれ、徹夜で看病したジュリアに「Selamat Pagi, Cinta」(おはよう、愛しい人)と言って死んでしまう。

そして2年後。愛するスチを身分の違いのため失ったアザムと、愛するイルハムを病気のため失ったジュリアが町ですれ違い、お互いの視線が火花を結んだところでエンディング。スチは? イルハムへの思いは? 「スクリーンにトマトをぶつけたくなる映画」という言い方があるのを聞いたことがあるけれど、こういうときに使うのかと思った。

物語の筋はともかく、この映画の一番の見どころはシャリファ・アマニのお嬢役かも。何かあるとキャッと高い声でびっくりしてみせるシャリファの姿は、オーキッドを見慣れた目にはとても新鮮だった。でもお嬢役が板についていないというか、いつか太い声で「あんたねえ・・・」と男を罵倒するんじゃないかと期待半分でハラハラしていたけれど、でもこの物語の中では最後までお嬢で通していた。あんまり似合ってないかも。そのギャップがおもしろいのかもしれないけど。

それから、アザムを支えた2人が社会の非主流派だったことはいちおうメモしておこう。「チンタ」では認知症のお父さんが出てきたけれど、この映画では体のコントロールが利かずに失禁してしまうおじいさんが出ていた。(ただし頭はすっきりしているようで、ここ一番でアザムに大事なアドバイスをしている。)もう1人重要なのはおかまキャラの友人で、笑いを誘う役どころでしかないんだけど、でも陰ながらアザムをしっかり支えていた。

もう1つメモ。デートの約束を破ったアザムに起ったスチが殴りかかると、すかさずアザムがスチを平手打ちした。これにはびっくりして声を挙げてしまった。どんなに怒っても他人に手を出したら悪人扱いされるマレーシアでそんなことをしたらとんでもないことになりそうだけれど、でも他の観客は反応なし。これは、結婚はしていないけれどスチが「アザムのもの」になっているということを示しているのかもしれないと思っていちおう納得することにする。

地元の新聞で評されていたのでいくつか拾い読みしてみたら、「役者が上手なので脚本の弱さが目立たないのがよい」という意見でだいたい一致していた。まあそうだろうなと思う。でも劇場で観たので、一緒に観ていた人たち(7、8割が若いマレー人女性、ところどころにその連れの男性)の反応も入れるとトータルではおもしろかったと言えるかも。マレーシアの劇場で観ると、映画そのものの出来不出来には波があっても、一緒に観ているお客と一緒になって楽しめるのがいい。