坊つちゃん

わけあって道後温泉を訪ねる機会があった。正岡子規ゆかりの地である松山はメッカ巡礼のごとく全国の俳人たちが巡礼する聖地のようで、その巡礼のお供だったのだが、私がお供した秘かな目的は『坊つちゃん』ゆかりの地を訪れることだった。
私が最初に教職に就いたときのこと。2年間の任期中に、研究分野が同じ先輩研究者で同僚になったN先生に教師としての心構えをいろいろ教わった。
私にとってはじめての教職だったので、授業が終わるたびに、学生が授業をちゃんと聞いていないとか、インターネット上の文書をコピーしてレポートを書いてくるだとか、同僚がろくに調べもしないでいい加減なことを教えているとか、N先生にあれこれ不満をこぼしていた。N先生はそんな私の不満を一通り聞いてくれて、何か教え諭すわけでもなく、「坊っちゃん先生みたいに大活躍だね」と声をかけてくれた。もちろん、その調子で暴れまわれという意味ではない。
N先生は私よりも教職の経験がずっと長く、自分の昔の失敗談や恩師の話をする形で教師としての心構えを聞かせてくれた。学生の悪いところを指摘して直そうとするのではなく、よいところを指摘して伸ばそうとするのが教師の役割だというのが口癖だった。コピーしたレポートやテストのカンニングなどを見つけて憤慨している私には、学生に騙されるのも教師の仕事のうちだと教えてくれた。今となればN先生が言っていることの意味も理解できなくはないが、それでも現場でN先生の境地に達するまでにはなっていない。
N先生は、長い専業非常勤講師の経験をもとに、今では大学校の大教授になっている。お互いに忙しくなったので会う機会は減ったけれど、会うたびに相変わらず現場での教育の工夫について熱く語ってくれる。
4月から新学期が始まり、新しい学生たちに出会う。『坊つちゃん』はこの時期に読むのにふさわしい。