マレーシアの補欠選挙

インドネシアでも総選挙だそうだが、マレーシアの補欠選挙の話。
補欠選挙なので日本ではそれほど大きな扱いになっていないようだけれど、独立から50年間のマラヤ/マレーシア政治の総決算というか、沈みかかった与党連合は持ちこたえられるかに関心があって注目していた。結果として議席数は選挙前と同じだけれど、「現状維持」などではなく、どうやら与党連合は本格的に沈み始めているようだというのが今の感想。
マレーシア政治の基本的な設定は、マレー人、華人、インド人の3つの「公定」民族がそれぞれ政党を作り、それが連合して政権を担当するという形。これが独立から50年間続いてきた。途中で何度かそのやり方じゃあだめだとなりかけたけれど、あの手この手で延命させて今日に至っている。でもさすがにもはやこれまでということで、去年の総選挙では与党連合が(過半数は取ったものの)「大敗」した。さてこれからどうなるのか、というのが今回の補欠選挙
民族別の政治がうまく機能していないのは誰の目にも明らかのようだ。特に与党連合の華人政党とインド人政党が機能していないし、有権者の信頼を失っている。ではどこをどう直せばいいのか。民族別そのものが悪いのでその仕組みから変えろと言ったのが野党連合。民族別は悪くないけれど各民族の代表者がダメだというのが与党連合。ただし、与党連合の建前は民族別の相互不干渉なので、他の政党の指導者に辞めろとは言えず、政党内で指導者を交代させることを祈るしかない。ところが、インド人政党では30年も党首を務めてきた人物が(去年の総選挙で自分自身が落選したにもかかわらず)また党首に選ばれてしまった。では、せめて与党連合全体のトップを入れ替えれば何とかなるんじゃないかということで、形の上で役員選挙を行って、それに伴って首相が交替したのが4月3日。補欠選挙の4日前。でもねえ。首相就任直後にやったことが、町に出てマレー人地区、華人地区、インド人地区でそれぞれ住民と握手したこと。本人は草の根レベルの国民と、しかも3民族それぞれと交流したつもりなんだろうけれど、「マレーシアはマレー人、華人、インド人の3民族」という理解を象徴的に示してしまった。
今回の補欠選挙は3つの選挙区で同じ日に行われた。サラワク州は半島部とは別の論理が働いていて与党連合が使えるか使えないかという話では語れないので除くと、半島部では2つ。1つはインド人が多く、与党連合がインド人の支持を回復できたかどうか。もう1つは与野党の駆け引きのもっとも熱い舞台となっているペラ州の沿岸部で、5000人と言われる華人漁民の票がどちらに流れるか。どちらも野党連合側が勝った。
自分が後継者に選んだ前首相が使えないから首相を辞任するまで離党すると言っていたマハティール元首相が首相交代とともに復党して、選挙区入りして応援していたのにそれでもダメ。
ということで、もし与党連合が次の総選挙を乗り切りたければ、各政党の代表者をしっかり入れ替えなければならない。まずはインド人政党。そして次がマレー人政党。マレー人政党の党首が首相になるので、つまり首相も代えるということ。
新しい首相はあまり支持は高くないらしい。今回の補欠選挙では、就任したばかりの首相は選挙区入りしなかった。新首相はモンゴル人女性殺害に関与していたという噂があり、それについて明確な態度をとっていないばかりか、モンゴル人女性の事件を描いたジャーナリストを拘束したり、野党側が集会でモンゴル人女性の件を持ち出すことを禁じたりしていて、有権者の不信感がぬぐえていない。だから地元から新首相に「来ないでくれ」ということになった。こりゃあとんでもない話だ。
新首相がもう1つ不人気である理由は、前首相の娘婿とセットになっているので前政権と中身は同じで表紙が変わっただけというイメージがあるから。首相の母体となるマレー人政党の役員選挙で、青年部長に前首相の娘婿が選ばれた。落選したのは、前首相を批判するマハティール元首相の息子。
役人を何人か訪ねて話を聞いてみた。10年前なら話の途中で盗聴されていないかと執務室の電話を何度もチェックしたりしたものだけれど、今回は執務室の戸を開けたまま外に聞こえるような声で与党批判を話してくれた。言っている内容はみんなほとんど同じ。野党連合の指導者のことは信用できない。でも与党連合の仕組みではもうやっていけない。これまでもやっていけないと思っていたけれど、他の民族がやっていこうとしていたので自分たちは与党連合に乗っかるしかなかった。でも今は他の民族も与党連合ではダメだと言うようになったので、指導者は信用できないけれど、野党連合にかけてみるつもりがある。野党連合は政権を担当した経験がないのが不安だけれど、理想主義的で汚職撲滅などで成果を挙げられると期待している。こんな感じ。いよいよ本当に政権交代の雰囲気が高まってきた気がする。