マレーシアで買った本

マレーシアで買った本(一部はDVD)。ボルネオ、華語文学、ゲイ、映画、イスラム教、政治、災害など。


冰谷「走進風下之郷」(有人出版、2007)
「冰谷」と言えばサバの内陸部の地名ビンコールの華語表記だし、「風下之郷」はサバの雅称だしで、怪しいと思って手に取ると、案の定サバがらみの本だった。本名は林成興。農業が専門で、カカオとアブラヤシの管理のために1990年代にサバに5年間滞在したときの見聞をもとに書いたもの。農業を専門とした人の文芸作品ということで、「木を見て人を見ず」ではない形で木と人の話がうまく組み合わさっていることを期待。


潘碧華(編)「馬華文学的現代闡釈」(馬来西亜華文作家協会、2009)
マレーシアの華語文学に関する本。この分野は1つの学問分野を形作っていながらも、これまでどのような研究の積み重ねがあって、今はどんなことが問題になっているかを日本語で紹介したものがほとんどないと思っていたところ。たまたま手に取ってみたら、所収論文の1つに「婆羅洲”場所精神”之建構(1974-2004)」というのがあった。「場所精神」はgenius lociのこと。「婆羅洲」はサラワクのことで、サラワクはマラヤと違って反植民地闘争があったので華語文学も一味違うらしい。


林春美「性別与本土:在地的馬華文学論述」(大将出版社、2009)
マレーシア華語文学における「本土」性をまとめていそうなので手に取ってみた。批評の主な対象は潘雨桐という作家らしく、どんな人かと思ってウェブ上で検索してみると、日本語で書いているのはhttp://d.hatena.ne.jp/baatmui/20091022/1256312090だけだった。この本には黎紫書の「希斯徳里」に関する作品群を取り上げた批評もあるが、黎紫書も上のブログで何度か紹介されている。黎紫書はマラヤ共産党の元幹部でマレーシア入国が認められていない陳平へのインタビューをもとにマラヤ共産党を題材にした作品をいくつか書いており、その中で登場人物を「希斯徳里」(history)と呼んでいる。


黎紫書「簡写」(有人出版、2009)
その黎紫書が中国に滞在したときに地元の新聞に寄稿した短い小説を集めたもの。1作品あたり2〜3ページの長さ。


張錦忠ほか編「回到馬来亜:華馬小説七十年」(大将出版社、2008)
マレーシアの華語文学は通常「馬華文学」と呼ばれるが、この本のタイトルには「華馬」小説とある。「馬華」文学と言ったとき、マレーシアの華語の文学なのか、それともマレーシアの華人の文学なのかがはっきりしない。マレーシア華人には華語で作品を書けない人も少なくないため、もし民族性を強調するなら中華系マレーシア人の文学ということで「華馬」文学としてはどうかと唱えている。この本では、華語で書かれた作品のほか、英語やマレー語で書かれた作品も華語に訳して採録されている。


迦瑪魯汀「Authored States: Musings of Jamaluddin Ibrahim」(Seashore, 2009)
華人でない人が華語で書いたらどうなるのか。この本の著者である迦瑪魯汀(Jamaluddin Ibrahim)はマレー人だが、父親の仕事の関係で北京で生まれ育ち、中国語を話す。この本は、最近話題のマレーシア華人政治家たちへのインタビューを集めたもの。


陳翠梅「横災梨棗」(大将出版社、2009)
マレーシアの映画監督であるタン・チュイムイのエッセイ集。前半は映画について。具体的な作品について書いているわけではない。映画のタイトルはどんなものがカッコいいかをあれこれ考えている話もあり、その結果が「愛は一切に勝つ」なんですかと聞いてみたくなる。そんなことを書いているこの本のタイトルである「横災梨棗」は「紙の無駄」あたりだろうか。後半は中学時代の日記から。前書きに「私が死んだらこの本を焼いて下さい」とある。


タン・チュイムイと言えば、短編集「All My Failed Attempts」(2008)のDVDを見つけた。なぜか表紙はウルトラマンゴジラ似の怪獣と闘っている絵。


欧陽文風「酷児千秋,同志万歳!」(Seashore, 2009)
著者の欧陽文風はここでも何度か紹介したことがあるが、在米マレーシア華人で、キリスト教の牧師であり、ゲイであることをカムアウトして文筆活動を行っている人。
シンガポールで見つけた本 - ジャカルタ深読み日記
マレーシアの華語同志小説 - ジャカルタ深読み日記
「酷児」が「クィア」だというのは「台湾セクシュアル・マイノリティ文学」で知った。「同志」とは華語では一般には「同性愛者」を指すが、この本では「同性愛に対して友好的な全ての人」とされている。英文タイトルは「Long Live the Queers!」。もちろんLong live the queenが元ネタで、queerである自分たちをqueenと同じ立場に置いているところがなんともお茶目。この本のキーワードの1つは「走出来」(カムアウト)だが、こちらの方は「酷児」ほど一般的ではない様子。


Farish A. Noor. What Your Teacher Didn't Tell You (vol.1). (Matahari, 2009)
Farish Noorと言えば、マレー人ムスリムでありながら「マレー人=イスラム教」という図式を相対化して捉えるべきだと唱える歴史学者。マレーシアの月刊誌「Off the Edge」などに「もう1つのマレーシア」などの連載を持つ。シンガポールのプラナカン博物館にも絡んでいる。そんなファリシュ・ヌールの新刊。マレーシアの歴史講義を束ねたもので、マレーシアの公認の歴史しか知らない人たちにはかなり刺激の強い内容になっている。参考文献もコメント付きで紹介されていて、大学の授業で講読するのによいかも。(ただし、公認の歴史から抜けきれない教師が授業でこれを使うと、内容を解説すればするほど学生たちに不思議がられるかもしれないので覚悟がいるかも。)


Zunar. 1 Funny Malaysia. (INI Books, 2009)
マレーシアキニに連載されていたマレーシア政治(家)の風刺マンガを本にしたもの。アブドゥッラー前首相を中心に、マハティール、アヌアール、ナジブなどが主な登場人物。アブドゥッラーはいつも眠っていて何の問題解決もできない首相として繰り返し描かれていておもしろい。序文はアミール・ムハンマド


Buku untuk Filem: Pisau Cukur. (Matahari Books, 2009)
Buku untuk Filem: Estet. (Matahari Books, 2008)
どちらも映画のシナリオを本にしたもの。マレーシアでシナリオ本はあまり見かけないが、これからいろいろな映画のシナリオ本が出るとしたらありがたい。
1冊目は「Pisau Cukur」、2冊目は「Estet」。1つ目は今年8月にマレーシア映画祭で観たもの。1ボルネオで1マレーシア - ジャカルタ深読み日記でもちょっと書いたが、「ゴールと口紅」に出ていたプトリやジーが役をかえて活躍するとっても楽しい映画。DVDが出るのを楽しみにしている。


Salleh Said Keruak. Meneraju Perubahan. (Wildbees Shift Enterprise, 2007(2009))
サバの元州首相でバジャウ人協会の代表を長く務めたサレー・サイド・ケルアクのブログ記事を本にしたもの。写真をぱらぱらと眺めていたら、かつて同じ職場にいて後に州政府に移った友人が写った写真があった。何かのイベントでサレー氏に説明しているところ。元気そうで何より。


Saat Cinta Bertasbih: Tribut untuk Tuan Guru. (Riduan Mohamad Nor et.al., 2008)
汎マレーシア・イスラム党(PAS)の精神的指導者であるニック・アジズの偉業を紹介する本。非イスラム教徒に対してどのように臨むかという話が中心。中身は類書とそれほど違わないけれど、興味深いのはタイトル。「saat」はマレーシア風の言い方で、インドネシアだと「ketika」になる。つまり「Ketika Cinta Bertasbih」ということで、この本のタイトルはインドネシアで大ヒットとなったイスラム系恋愛映画のタイトルと同じになっている。一般的にイスラム教条主義者であると見られているニック・アジズをまじめに紹介する本のタイトルがインドネシアの映画のパクリ、しかも(イスラム系とはいえ)恋愛ものであることにちょっと違和感があるが、書いた人にも書かれた人にもあまり問題ではないのだろうか。


Bencana (Al-Ibtila'): Pengertian & Konsep. (Al-Hidayah Publications, 2008)
災害についてイスラム教の立場からどのように理解すればよいかを示した本。災害に関する記述をコーランなどから引っ張ってきて解説しているもので、イスラム教徒たちが災害を実際にどのように理解しているかではなく、コーランに照らしてどのように理解すべきかが提示されている。スマトラ沖地震津波インド洋津波)がこの本を書く契機になっていることは序論からうかがえるが、残念なのがその発生を「2005年12月26日」と間違えていること。誰も気づかなかったのか。