「グッバイ・ボーイズ」――試験社会マレーシアの歩き方

マレーシア映画「グッバイ・ボーイズ」(Goodbye Boys)を観た。あの「ゴールと口紅」(Gol dan Gincu)の監督の作品。
マレーシアの地方都市イポーの高校で学ぶ17歳の少年8人。ボーイスカウトの訓練の一環で、「キングスカウト」の称号を得るため、5日間かけて100kmの道のりを徒歩で往復する。その過程でさまざまな試練を乗り越え、大人の男に成長する物語。
と聞いただけで、「はじめは考え方や価値観の違いからあれこれ喧嘩するけれど、大小さまざまなトラブルに協力して立ち向かい、それらを乗り越えていく過程で互いの間に友情が芽生え、大人の男として成長する」というストーリーを期待すると、最初から最後まで裏切られ続けることになる。「グッバイ・ボーイズ」で描かれているのは、同じく少年たちが歩く「スタンド・バイ・ミー」の世界ではない。「スタンド・バイ・ミー」の設定を現在のマレーシアに置いた上で、マレーシア社会のリアリティを追求して、その結果として「スタンド・バイ・ミー」とはまったく違う物語になったのが「グッバイ・ボーイズ」だと言うべきだろう。
では、「友情物語」とはどう違うのか。

(以下、引用部分はストーリー展開に関する重要な情報あり。)
8人は出発直後から足並みがそろわず、すぐにばらばらになる。要領のいいジンとアリスは規則を破ってさっさとヒッチハイクし、その日の野営地まで車で先に行ってしまう。生真面目なイバン(アイヴァン)はそれを見て不正だと腹を立て、彼らに罰を与えるべきだと訴えるが、多くのメンバーは他人がどうしようと口出ししないという意見。
みんなの気持ちはばらばらだ。キングスカウトなんてたいした意味はないんだから形だけやればいいだろというジンやアリス。行軍を終えてイポーに戻った日に予定されているダンスパーティーで憧れのララと踊れるだろうかと浮かれに浮かれまくっているイバン。帰った翌週の全国統一試験のことが気になってしょうがなく、参考書一式を抱えて行軍し、休憩するごとに勉強しているアアロン。
それぞれ小さな問題を抱えてはいるが、全員で乗り越えるべき大きなトラブルは起こらない。鉄橋を渡っているときに汽車に追いかけられることもなければ、巨大な吸血ヒルに襲われることもない。
全員に関わる大きなトラブルに唯一見舞われるのがジン。みんなおろおろするだけで解決に役に立たず、最後まで努力して問題を解決したのはイバン。つまり、トラブルは回避されるが、それは決してチームワークのためではない。しかも、そのトラブルを後で監督に報告するかしないかをめぐってかえってメンバーどうしの雰囲気が悪くなる。
復路では、案の定ジンとアリスがさっさと帰ってしまう。その直前にトラブルを解決してストーリー上はヒーロー扱いでもおかしくないはずのイバンは、ダンスパーティーが待つイポーに急ぐあまり途中で近道しようとして道に迷ってしまう。近道せずに歩いた3人は、ゴールにたどり着くと、他のメンバーを待たずに3人だけで記念撮影する。そしてさっさとダンスパーティー会場へ。
先にたどり着いた少年たちがダンスパーティーで踊っているころ、そのパーティーを一番心待ちにしていたイバンは、暗くなってもまだ歩いている。ようやくイポーにたどり着いてダンスパーティーに駆けつけ、お目当てのララと踊ることができる。でも2人の関係はそれで終わり。その5年後に再会したときにはそれぞれ別のパートナーがいて、お互いに紹介しあうだけだったとのナレーションが入る。
では、8人の少年たちはどうなったのか? 彼らの関係がより深まったという描写は一切ない。遅くなったけれどゴールにたどり着いたところをみんなで迎えるというのもなし。エンディングでは彼らの後日談が試験形式で出され、それぞれがそれぞれの道で、失敗を重ねながらも一人前になっていったことが示唆される。

ということで、8人の少年たちが互いにかけがえのない友人としての信頼関係を醸成するということはまったくない。はじめから終わりまでばらばらの行程を経て、それぞれ故郷のイポーを離れて別々に生きていく覚悟を決めたというお話だ。ジンとアリスのように、それまでは親しかったけれど、行軍をきっかけに別々の道を歩むと決めた関係さえある。そう考えると、「グッバイ・ボーイズ」というタイトルは、それぞれが自分の少年期と決別して大人の男になるという意味とともに、その過程でそれぞれが他の少年たちと決別して自分の人生を歩みはじめるという意味も重ねられているのかもしれない。
心を合わせて1つのことを成し遂げるという達成感がはじめから最後までないままなので、もしかしたらあまり日本人受けはよくないかもしれない。ひょっとしたら、日本人以外の人たちにもあまり受けないかもしれない。でも、それを承知であえてこのような映画を作った思いは十分に伝わってくる。
12歳の少年たちが歩いた「スタンド・バイ・ミー」は、最後に「12歳のあのときの友達より親しい友達はいない。誰でもそうだろう」という台詞で締めくくられている。「グッバイ・ボーイズ」は、明らかにそれを意識した上でのアンチテーゼだ。それは、世界各地からさまざまな文化や言語や宗教を背負って集まってきたマレーシアの人々がこれまで暮らしてきた環境、そしてこれから暮らしていく環境と密接な関係がある。
生まれや育ちが一緒で仲良しだから協力しあうのではなく、人生の背景が異なる人どうしでも理念を共有するから連携できる。だから、連携の相手は人生のなかでどんどん変わっていくし、一つのところに留まらずに世界各地に活動の拠点を移していくことにもなる。生まれ故郷は、ほとんどの人にとって、大人になったらそこから出て行ってしまう場所だ。これが多民族社会に生まれ育ったマレーシア人の現実の生き方だが、それは決して恥じるべきあり方ではない。そのことを積極的に認めて、その上でよりよい社会を作っていこうと訴えている気持ちがとてもよく伝わってくる。


ところで、メインの登場人物が少年8人というのは、それぞれのキャラクターを十分に理解するにはやや多いかもしれない。みんなボーイスカウトの制服なので、服装で区別をつけるのも容易でない。はじめに出発前日の様子が描かれているが、もう少し詳しくキャラクター付けしてくれてもよかっただろう。
そんなわけで、見ていて誰が誰なのかときどき戸惑うことがあるが、よく見るとそれぞれの民族性や家庭の経済状況がわかる描写があり、その背景に応じてそれぞれ進路や教育の捉え方が違うように描かれている。
登場人物の年齢設定が17歳なのは、マレーシアの子どもたちにとって人生最大のイベントの1つである全国統一試験(SPM)の受験の年だからだ。SPMの結果しだいで、その後の人生のコースが大きく左右される。故郷に留まるのか、クアラルンプールなどの都会に出て行くのか、あるいは外国に行くのかを決めなければならない。マレーシアの子どもたちにとって17歳というのはとっても大きな節目なのだ。
「グッバイ・ボーイズ」は、突き詰めて言えば、現在のマレーシアの子どもたちにとって教育とは何か、特に地方都市の少年たちにとって教育とは何か、という話だ。だからこの映画の中では形を変えて「試験」が繰り返し登場する。SPMの話は試験そのものだし、キングスカウトになれるかどうかも一種のテストだと言えるし、ダンスパーティーで女の子が自分の誘いを受けてくれるかどうかも一種のテストだ。さらに、最後に少年たちの後日談が語られるのも試験形式をとっている。
このように、この映画で繰り返し描かれているのが「試験社会」としてのマレーシアだ。100kmを歩いた少年たちは(なかには全部歩いたわけではない人もいるが、それでも目的地には到達した)、試験社会マレーシアでのそれぞれの「歩き方」を手に入れたということになる。
なお、教育の重要性を強調すると、国家の教育政策に乗っかるという一面を持つことになるけれど、だからといって「グッバイ・ボーイズ」の少年たちが(そしてマレーシアの少年たちが)国の枠にすっかり絡めとられているというわけではないことは強調しておきたい。分野によっては国境を超えると扱いが違ってくるものもあることはあるが、たとえば博士号など、教育によって身につけたものは多くが国の枠を超えて通用する。だから、マレーシアでがんばることは世界でがんばることでもあるわけだ。


冒頭に8人の少年たちの簡単な紹介のシーンがある。
たとえば、ひょろっとしてメガネをかけた華人のシアオ。実家はあまり裕福でない様子。出かける前夜にお母さんが「途中で食べ物が買えないといけないからこれもって行きなさい」とテーブルに置いてくれたのは、いくつかの缶詰、そして1枚の20リンギ札。その直前にお母さんの財布に入っていたのは20リンギ札1枚と1リンギ札ばかりだったので、20リンギを出したのはかなり無理したのだろう。後でわかるが、父親は別居していて、シアオのお姉さんがオーストラリアに留学するための費用を出してくれないのでお母さんは経済的にとても困っている。
と、こんな調子でそれぞれの少年の背景が紹介されるのだけれど、そこで繰り返し描かれているのは、彼らがフォーム5の生徒で、100kmの行軍の翌週にSPMの試験を控えているということだ。
念のため解説しておくと、マレーシアの中等教育は中等学校の3年間と高等学校の2年間をフォーム1からフォーム5まで続けて数えるので、フォーム5というのは日本で言うと高校2年生にあたる。高校2年と言っても中等教育の最終年だ。そして、その後の人生を大きく左右する全国統一テストSPMの受験の年でもある。
SPMの何が重要かというと、これに通らないと国内で進学できないし、公務員などのように給料がよく安定した職業に就くことも期待できないからだ。マレー人なら優先政策があるために少々成績が悪くても国内の大学に入学したり政府の奨学金をもらって外国の大学に留学したりする道が開けているし、マレー人でなくても家庭が裕福ならば私費で海外の大学に留学する道もある。実家が裕福ならば家業を継ぐという可能性もある。でも、マレー人でもなく実家も裕福でないとすれば、とにかく教育の階段を一歩一歩のぼっていくしかない。そうでなければ、安い給料や悪い条件で人に使われるかしかない。
別の映画の話になるけれど、「細い目」(Sepet)のオーキッドはちょうどSPMの試験が終わったところだった。結果はA評価が5つ。マレー人なのでAが5つでも奨学金をもらってイギリスに留学することができた。他方、ジェイソンはA評価が7つだったけれど、華人なので政府の奨学金を得るのが難しく、しかも実家も私費で大学に通わせるほど裕福でなかったため、海賊版VCD売りになった。(当局は、「オーキッドはAが5つでも奨学金がもらえたけれど、ジェイソンはAが7つなのに奨学金がもらえなかった」という台詞をカットするよう求めたらしい。)
「グッバイ・ボーイズ」や「細い目」の舞台となったイポーは美しくてよい町だけれど、でも田舎町だ。外の世界に出たい、せめて首都のクアラルンプールに出て成功したい、少なくとも若いうちは自分の力を試したい、と少年たちが思ったとしても不思議なことではない。「そのために必要なのは金か教育だ、金は自力ではなんともならないけれど教育なら努力しだいでなんとかなる」と強く思っているマレーシアの子どもたちが経験する人生の最初で最大の分岐点がSPM受験だ。その意味では、日本の大学受験よりも深刻さの度合いはずっとずっと大きい。
日本では「学歴社会」は否定的に語られることが少なくない。確かに、学校の成績だけで一部の人たちのその後の人生の可能性が閉ざされてしまうとしたら問題がある。でも、試験は誰もが同じ条件で受けるのだし、試験に通れば生まれや育ちにかかわらず就職などの道が開けるという意味では、教育や試験と社会的な地位の向上が結びついていること自体が否定されるべきではないだろう。マレーシアでは、生まれつき勉強しやすい環境にある人とそうでない人がいるし、成績が同じでも民族性によってその後のコースに差が生じるという問題があることは確かだ。でも、そういった問題は試験制度の是非と別に解消の努力がなされるべき問題だろう。そのことを認めたうえで、なお教育の機会が「比較的」平等に与えられているし、そうであるべきとの意識が国民的に広く受け入れられているのがマレーシア社会の特徴の1つだと言えるだろう。


行軍の最後の晩、少年たちが暗闇のなかで話をしているとき、誰かが「マレーシアに留まるつもりか?」と問いかける。
上でも書いたように、フォーム5(高校2年)は自分の将来をどうするか考える時期だ。それは、直接には、田舎を離れて都市や外国に行くのか、そのために家族や友達たちと別れる覚悟をするのかという問題として表われる。非マレー人にしてみれば、外国への留学も選択肢の1つとして十分にありうる。そのためもあり、将来の進路選択の話は「マレーシアに留まるのか出て行くのか」という選択肢と密接につながることになる。しかも、非マレー人が外国に留学するとしたら、その理由のうち大きなものは「非マレー人は国内の大学に進学する機会が少ないから」だ。そのため、「マレーシアに留まるのか出て行くのか」という問いかけは、紙一重で「マレーシアは自分の故郷なのか」という問いに変わりうる。
映画では、尋ねられた少年はこの問いに直接答えず、「ボーイスカウトの歌の中でどれが好きか」と逆に尋ねる。その少年の答えは「500マイルも離れて」だという。汽車で故郷を遠く離れていく心情を歌った歌だ。ここでいう「故郷」とはどこなのか? この発言をしたのが誰かはっきりしないが、まさか中国やインドという話ではないだろう。となればイポーだ。イポーを遠く離れていくことに対する漠然とした不安感が、大人になる先行きの不透明感と重ね合わせられているということだろうか。「でも故郷を恋しがったりはしない」と付け加えているのは、先行きは不透明で不安ではあるけれど、それでも自分はこの町を出て行く、そして決して後戻りはしないつもりだ、という覚悟の表れだと見ることはできないだろうか。


ところで、この映画では「プロム」がSPMと同じぐらい重要視されている。この「プロム」とはいったい何か。
アメリカでは、高校生が卒業のときに開くダンスパーティーのことをプロムといい、プロムに一緒に行ってくれる相手を探すのに一苦労する、という話をよく聞く。「グッバイ・ボーイズ」のプロムもそれと同じようなもののようだが、私はマレーシアでそのような習慣があると聞いたことがない。高校生がダンスパーティーを開くこともあるが、それはどこかの家庭で私的に行われるパーティーに知り合いだけ招かれるもので、学校単位で行われるものではない。それに、マレーシアの高校では学年ごとのまとまりなどほとんどなく、学年をまたがって友達づきあいをするのが普通なので、フォーム5のため特別にダンスパーティーをするというのもあまりなじまない気がする。イポーのいくつかの学校で行われていた習慣なのか、1990年代に入って行われるようになったということなのか、それともこの映画の中での設定なのかがよくわからなかった。
(この記事は「malam−マレーシア映画」の2007年7月8日付けおよび7月14日付けの記事からこの場に引っ越したものです。)


[追記]
イポーを訪れる機会があったが、なんと車道わきをボーイスカウトの格好をした少年10人が歩いているのをたまたま見かけた。聞いてみると、キングスカウトの試験の1つとして30kmの行軍をしている最中とのことだった。100kmでないものの、ボーイスカウトの行軍が実話に基づいていることを知って驚いた。30kmなので早朝に学校を出て夕方に学校に戻る見通しだという。もちろん、重要な試験の直前ということはなかった。また、プロムについては「知らない」とのことだった。ボーイスカウトのクラブは学校ごとにあるので別の学校にはあるかもしれないとのこと。(2007年8月)