出版を通じたアチェへの関わり

大モスクをぐるりとまわって本屋をまわる。大モスクを取り囲む形で営業している本屋は少なくとも8軒になった。2004年12月の地震で崩れたZikra書店が元の場所のすぐ近くに戻ってきたので、それを入れると大モスク周辺の本屋は9軒になる。入口にガラス張りのドアをつけて店内に空調を効かせている店も何軒かできて、本探しがだいぶ楽になった。
ジャカルタで売られているベストセラーも何冊も売られている。今回はジャカルタの本屋をしっかりまわっていないのでジャカルタの本屋の様子はわからないが、アチェの本屋を見た感じではイスラム系の小説が増えている。しかも、「本場エジプトもの」と「アメリカのイスラム改宗者もの」の2つが多い。前者は大ヒットして映画にもなった「アヤアヤ・チンタ」に倣ったものか、それとも「アヤアヤ・チンタ」の映画がエジプトを舞台にしていながらも撮影はエジプトで行わなかったことに対して差別化をはかったものか。後者はアメリカとお近づきになりたいという気持ちが見える気がする。
いくつかの本屋にはアチェ関連本コーナーが作られている。最近、アチェについての本がとても増えた。1つは、アチェ人の若い世代でマレーシアなど外国で学んだ人たちがアチェの紛争を「歴史」として研究して本を出すようになったこと。もう1つは、小説やエッセイを含めてアチェに関するいろいろな本が出るようになったこと。しかも、アチェ人が書いているものもアチェ人でない人が書いているものもある。アチェといえば敬虔または狂信的なイスラム教徒でけんかっ早いので紛争ばかり起こしてきたという語り方がされてきたのに対して、文芸を通じて、日常的な付き合いからアチェ人をどう把握すればいいかが試みられている。
そんななかから見つけた本をいくつか。


Dari Jawa Menuju Atjeh: Kumpulan Tulisan tentang Politik, Islam dan Gay. (Linda Christanty, KPG, 2009)
『すばる』の2008年5月号に掲載された「スルタンの杖」の著者であるリンダ・クリスタンティによるエッセイ集。
スルタンの杖 - ジャカルタ深読み日記
リンダは1998年からアチェに滞在してアチェから論説記事を発信する活動を続けてきた。タイトルに「ジャワからアチェへ:政治、イスラム教、ゲイについてのエッセイ集」とあるように、どうしてアチェに滞在することにしたかではじまり、どうしてまだアチェにいるのかで結んでいる。ゲイについてのエッセイは情報量が多く興味深いので機会があれば別に内容を紹介したい。


Sejarah Perlawanan Aceh: Terhadap Kolonialisme dan Imperialisme. (Zakaria Ahmad (et al), PeNA, 2008)
アチェ人によるよそ者に対する抵抗についての歴史研究。対象時期は西洋人による植民地支配と日本軍政まで。著者は1934年生まれのアチェ人。


Hasan Tiro Berontak: Antara Alasan Historis, Yuridis dan Realitas Sosial. (Munawar A. Djalil, 'Adnin Foundation, 2009)
アチェ独立運動の提唱者で最高指導者であるハッサン・ティロの思想を分析した歴史研究。著者は1974年アチェ生まれ。1999年からマラヤ大学で学び、修士号と博士号を取得。


Memahami Orang Aceh. (Mohd. Harun, Citapustaka, 2009)
アチェ人を理解する」。アチェのことわざからアチェ人の性格を引き出そうとしたエッセイ集。著者は1966年アチェ生まれ。


Aceh Pungo. (Taufik al Mubarak, Bandar Publishing, 2009)
アチェのさまざまな「政治」について書いたエッセイ集。著者は1980年アチェ生まれ。タイトルの「pungo」はアチェ語でクレイジーの意味。


Aceh di Mata Urang Sunda. (Arif Ramdan, Bandar Publishing, 2009)
「スンダ人の目から見たアチェ」。津波直後にアチェ人女性と結婚してにアチェに移り住んだスンダ人から見たアチェ人について。著者は1980年生まれ。


Syair Panjang Aceh. (Sunardian Wirodono, DIVA Press, 2008)
劇映画の脚本をもとに書かれた小説。もともと映画の脚本コンテストに応募したけれど、「売れない」という理由で新人賞の次点になり、脚本をもとに小説にしたもの。著者は1961年ジョグジャ生まれの文筆家。


Teuntra Atom: Sesaksian Seorang Kombatan. (Thayeb Loh Angen, Center for Aceh Justice and Peace, 2009)
アチェ独立運動を独立派の視点から描いた小説。タイトルは「アトム化した部隊」という程度の意味か。著者はアチェ生まれ。
現在も拘留中のアチェ独立運動派の政治犯が、「紛争中にアチェの主要人物たちは域外に逃げ出して外から偉そうな顔で批評していたくせに、和平合意が成立するとアチェに戻ってきて何食わぬ顔をして経済発展を享受しているのがけしからん」と推薦文?を寄せている。