ジャワ地震の2種類の「被災地」

週末、某所に缶詰めになって、2009年9月2日に発生したジャワ地震について情報交換を行ってきた。
今回のジャワ地震で起こっていること。まだ現地入りできないのでオンラインでの情報を読むだけだけれど、オンラインの情報を読むだけでもわかることはある。
第一に、オンラインでの災害報道が充実してきていること。全国紙『コンパス』は、「タシクマラヤ地震」という特設ページを作り、今回の震災に関する情報をアーカイブ化している。限られた紙面には載せられない情報もオンライン情報として配信されている。さらに、それぞれの記事に対して読者がコメントを付けることもできる。
第二に、今回の震災に限ってのことだが、対応が早く、情報が多いこと。先の『コンパス』を例に挙げれば、地震発生から1時間以内に23件もの記事が配信されている。24時間以内の配信件数は124件にのぼる。2004年スマトラ沖地震津波、2007年ベンクル地震、2009年西パプア地震など最近のインドネシアの多くの地震災害が「外島」で起こっており、被災地の情報がなかなか入ってこなかったことを考えると、今回の震災の情報の早さと多さには目を見張るものがある。
ところが、配信された情報を1つ1つ見ていくと、今回の震災では「被災地」が2種類あり、一方の「被災地」の情報がたくさんまわっているが、もう一方の「被災地」の情報は他の震災と同様にかなり限定的であることがわかる。2つの「被災地」というのは、首都ジャカルタとそれ以外の被災地だ。


災害の規模の大きさを人的被害の数(特に死亡者数)だけで示すのは間違った態度だと思うが、ここでは話を簡単にするために死亡者数と避難者数だけに絞る。(それ以外のデータがなかなか出てこないという事情もある。)9月6日の時点での県・市別の死亡者数と避難者数は、

県・市 死亡者数 避難者数
ジャカルタ 0 0
ボゴール 2 663
スカブミ 3 80
チアンジュル 27 1755
バンドン 16 5661
ガルト 7 13928
タシクマラヤ 9 42166
チアミス 6 16403
クニンガン 0 1937
チラチャップ 0 6043
合計 70 88636

となっている。(「タシクマラヤ」の数値はタシクマラヤ県とタシクマラヤ市のものをあわせているなど細かいところでは注記が必要だが、ここでは被害の広がりを大まかに捉えるということで見逃していただきたい。)
また、上で挙げた死亡者数のほかに、チアンジュル県で地滑りに巻き込まれ、捜索活動が続けられている行方不明者が32人いる。
今回の地震はかなり広い範囲で揺れが感じられ、ジョグジャカルタやバリでも揺れたという報道がある。ジャカルタでもかなり揺れたそうだ。ただし、ジャカルタでは人的被害はそれほど出ていない。(地震直後にジャカルタでも1人死亡したという記事が出ていたが、いつのまにか地震による死亡者数のカウントでジャカルタは0人になっている。)
これに対して、西ジャワ州の各県・市では、今の時点であわせて70人の死亡者が確認され、チアンジュル県では地滑りに巻き込まれて行方不明になっている人が32人いる。負傷者もいるし、家を失って避難所で寝泊まりしている人たちもいる。民家や公共施設が倒壊している。
このように、「揺れは感じたけれど物理的被害はほとんどなかったジャカルタ」と「物理的な被害が大きく、救援・復興活動の真っ最中である西ジャワの各地」の2つの「被災地」がある。先に、今回の震災報道では情報が早くたくさん出されたと書いたが、地震発生から24時間以内に配信された記事の半数近くはジャカルタの様子に関する報道だ。地震発生から24時間を過ぎるとジャカルタの様子に関する記事はぐっと減るが、かわりに地震に関する専門家による解説記事が増え、これも配信された記事の半数近くにのぼる。被害が大きい西ジャワ州の被災地に関する情報はあまり多くなく、そのため今回の震災の全体像がつかみにくくなっている。
では、2つの「被災地」では具体的にどのようなことが起こっているのか。オンライン情報の記事をいくつか具体的に挙げてみたい。
なお、今回の震災の被災地の地図は、
ジャワで地震 - ジャカルタ深読み日記
ジャワ島地震(タシクマラヤ地震)・続報 - ジャカルタ深読み日記
から参照していただきたい。

ジャカルタ

まずはジャカルタについて。繰り返しになるが、ジャカルタは、今回の地震による物理的な被害は大きくない。平日の午後3時に揺れを感じ、オフィスビルやショッピングモールで人々が建物の外に避難した。さらに、仕事を早く切り上げて帰宅する人たちもいた。ジャカルタ在住の人たちも、これまで避難訓練についてはニュースで見聞きしたり学校・職場単位で経験したりしたことはあっただろうが、ジャカルタ全域で人々が同時に避難し、しかも一時的な訓練で終わらず帰宅するまでも経験するのは初めてのこととなった。
オンライン情報ではジャカルタに関する情報が多いが、その多くは避難の過程で生じた大小さまざまなできごとを報じたものだ。例えば次のようなものがある。
インドネシア警察本部の職員が地震でパニックに
日航ホテルの宿泊客は落ち着いて屋外へ避難
地震のためジャカルタ市内でバスから乗客が飛び降りる
地震でショッピングモールの買物客が気絶
・ブカシ地区で工場が操業を一時中断
・ショッピングモールで親子が避難して離れ離れに
・避難する際に群集に押されて5人が負傷
・建物の12階から階段で避難した妊婦が腹痛を訴え、病院への搬送中に1時間半の渋滞に巻き込まれる
細かい話もあるが、これは、地震が発生して避難する現場で実際に何が起こったのかを(混乱を含めて)記すことで、共有し、反省して次回以降に備えようとする機会を提供していると見ることができる。


地震発生時に建物内で揺れを感じた多くの人々は屋外に避難した。十分な広さの避難所がないため、人々は通りに避難した。また、一部はそのまま帰宅した。このため、避難者と帰宅者により道路が混乱し、渋滞が発生した。
・スディルマン通り沿いのオフィス・ビルから続々と屋外に避難
地震のため帰宅を早めた人々でジャカルタが大渋滞に
・屋外に出た国立大学の学生がチプタット通りにあふれる
地震で屋外に避難した人々のためスディルマン通りが混乱
ジャカルタ南部のクニンガン地区周辺は帰宅者で大渋滞に


これに加えて、地震発生から24時間以上経つと、地震についての解説記事や専門家の意見を紹介する記事が見られるようになる。これは、先のジャカルタでの人々の避難の様子を振り返った上で、災害対応の専門家の意見を交えて、よりよい避難のあり方が検討されていると見ることができる。ここから明らかになったことは、最後の記事にある通り、ジャカルタの人々の間で「防災教育はまだ最低レベル」だったことだ。
ジャカルタ州建設計画監視局長「地震が起きたら屋外に避難するより机の下に隠れる方が安全」
・バンドン工科大学の防災専門家「インドネシアの建造物の多くは耐震性が極めて低い」
・トリサクティ大学の都市計画専門家「インドネシア地震が多いため建造物は一般住宅も含めて強度が必要」
・トリサクティ大学の都市計画専門家「地震直後にジャカルタの通りが人で溢れたのは一時待避所となる緑地帯が少ないため」
インドネシア建築家協会の名誉会長「ジャカルタの高層建築の耐震強度は50年間もつ」
・バンドンの気象地球物理庁担当者「西ジャワ南岸は地震多発地帯、10〜50年に1度の頻度で地震が起こる」
アメリカの基準では地震発生時に非常階段で避難するのはよくない
インドネシアイスラム大学の地震災害専門家「インドネシアは構造の上で地震多発地域なのであり、最近特に地震が多くなっているわけではない」
・防災教育はまだ最低レベル


いまインドネシアでは防災教育をどうするかが国家レベルで議論されている。政府や研究機関で役人や研究者がインドネシアに適した防災教育を作り、広めようと努力している。しばらく前にこの場で紹介した音楽CD「Supermarket Bencana」(災害スーパーマーケット)の試みもその一環だ。ただし、それと同時に、一般の人々がテレビ・ラジオや新聞・雑誌などのさまざまなメディアを通じて知識を得て、防災に関する意識を形成し、それが共有されていくという経路もあるだろう。防災教育を普及させたいなら、公的な場での防災教育だけでなく、公共の場で形成され、共有される防災意識についてもちゃんと押さえなければならないだろう。その際に、インターネットを通じた情報交換がかなり密に行われていることは押さえておいた方がいいだろう。

ジャカルタ以外(西ジャワ州各地)

次にジャカルタ以外の被災地について。
今回の地震の被害が及んだ地域はかなり広範囲にわたり、各地域の特徴が異なるため、被害状況や救援の入り方も地域ごとに異なっている。西ジャワは、開発途上国によく見られる中核都市への一極集中型の経済構造とは正反対に、州内に多数の経済圏の中心が存在する。首都ジャカルタからほぼ60kmごとに、ボゴール、チアンジュル、バンドン、ガルト、タシクマラヤの町が続き、これらの町がそれぞれ県庁所在地となっている。これらの町のあいだに中規模の町が散在し、中規模の町どうしのあいだには小規模の町が存在しているのが西ジャワの特徴である。(西ジャワの特徴については水野広祐インドネシア地場産業』による。)
今回の地震では、上に名前が挙げられたそれぞれの町を県庁所在地とする各県で被害が出ている。政府は今回の震災への緊急対応期間を14日間と定め、外国からの支援は必要ないとし、西ジャワ州に対して緊急支援のために50億ルピアを供与すると発表した。被災地では、被災者の捜索・救助活動、負傷者の治療、住居を失った人たちの避難、被災者への水や食料をはじめとする生活必需品の提供などの災害対応が行われており、西ジャワ州の避難民は2万5000人にのぼると見られている。
被災地に関する情報は県別に出てくるが、県によって情報が多いところと少ないところがあり、全体像がつかみにくい。以下では情報が多い3つの県についての報道内容を簡単に紹介する。


バンドンは今回の震災で被災地でありながら他の被災地支援の拠点としても機能している。
・バンドン県ランチャバリ郡一帯に建物の被害
・避難所の被災者、清潔な水の確保に困難
・バンドン県で住宅2万6985棟が損壊
・ハサンサディキン病院は被災地に2つの医療チームを派遣
・避難所の被災者のあいだで病気が広まる
アチェ州知事、避難所を訪問して5億ルピアを供与 地方政府による支援はこの震災ではじめて
・ハサンサディキン病院で手当てを受ける負傷者が増加


チアンジュルの情報は地震発生から2時間後に入り始めた。地震のために地滑りが発生し、それに巻き込まれて行方不明者が出たため、捜索活動が続けられている。
・チアンジュルの住民数十人、地震による地すべりで生き埋め
・地すべりによる行方不明者数は57人
・地すべり現場、重機が入れず手作業のため捜索が難航
・大統領、チアンジュルの被災者を訪問
・チアンジュルの地すべりで落ちてきた岩は家とほぼ同じ大きさ
・地滑り現場での捜索活動に警察が捜索犬を投入


タシクマラヤは、地震発生直後にジャカルタとの電話回線が途切れたため、モスクの被害に関する情報だけ届けられていた。記者が現地入りした9月2日の午後8時半以降、現地からの記事が届けられるようになった。
・タシクマラヤとの電話回線が不通に
・タシクマラヤで2名が死亡
・タシクマラヤ県政府、5トンのコメを配給
・タシクマラヤで建物1500棟が全壊
・タシクマラヤの避難所の500人、清潔な水の供給を求める 地震発生の2ヶ月前から水不足
・タシクマラヤでは39郡で住宅2517棟が損壊、避難所には臨時の水場を設置


ほかにも西ジャワ各地で地震の被害が出ている。
日本の主要メディアではすっかり終わったものになっているようだし、ジャカルタを見ている限りではあまり被害がなかったかのように思うかもしれないが、数で数えられない被害を含めて、今回の地震は地元社会にいろいろな影響を与えているはずだ。数で数えられないものをどうやって読み取り、そしてどうすれば言葉で語り、他人に伝えることができるのだろうか。