テレビドラマ「Sekar」

コタキナバルの街にナジブ首相とジョセフ・クルップの顔が並んだ看板がいくつか出ていたのでどういう取り合わせかと思ったら、ナジブ首相がサバを訪れ、クルップが総裁を務めるPBRSの集会に参加するためだったようだ。たまたま泊まったホテルがその会場だったので、前日の準備から覗かせてもらった。地元映画「オラン・キタ」などで主役のアンパルを務めたアブバカル・エラのスタッフが来ているので何かと思えば、アンパル・プロダクションがこのイベントの音響を担当したらしい。
PBRSというのは1990年代にサバ団結党(PBS)が分裂してできた政党の1つで、主に内陸部に住むカダザンドゥスン系の人々を支持基盤としている。かなり乱暴なくくり方をするならば、内陸部のテノムやその近隣地域のムルト人たちの政党ということになる。アンパルの独特の髪型はかつてイギリスに抵抗したムルト人の英雄アンタノムに倣ったものだし、テノムの由来がアンタノムであることを考えると、テノムのムルト人たちの政党であるPBRSの集会にアンパルが呼ばれるのはもっともな話だ。(ただし、アブバカル・エラ自身はテノム出身のムルト人ではなくピナンガ出身のスンガイ人なのだけれど。)
会場設営の準備で忙しそうだったが、話を伺いたいとお願いすると快く応じてくれた。「オラン・キタ」や「PTI」などの映画に対する私の深読みを伝えるとおもしろがってくれた。特に「オラン・キタ」の歌詞に込められたメッセージが心に響くと伝えると、あれは自己ベストの4曲のうちの1曲で、ほかの歌も聞かせたいから明日CDを持ってくると言ってくれた。ありがたい話だが、こういう話は社交辞令であることが多いので話半分で聞いておく。
翌日、集会の会場はテノム方面からバス何台も連ねてやってきたおじさんやおばさんでごった返していた。今年はクリスマスと土日で3連休になるので、観光も兼ねて街まで出てきたのだろうか。会場でアブバカル・エラを探そうと思ったが、アンパルのようなおじさんが百人近くいて「アンパルを探せ」状態になっており、とても見つからない。しかも、アンパルというのはサバの田舎でちょっと抜けた人を冗談半分で呼ぶ名前なので、へたに「アンパル!」と呼んだりしてみんないっせいに返事をして振り返っても困る。これじゃあ会えないとあきらめて街に出かけたが、あとでホテルに戻るとCDが3枚届いていた。ありがたくいただくことにする。


その後、コタキナバル在住で映画・テレビに詳しいご夫妻にお話を伺う機会があった。
ちょうど「ムアラフ」を観た後だったらしい。コタキナバルではセンターポイントだけの上映だが、あそこはあまり売れそうにないマレー映画だとビリヤード場の隣の小部屋が割り当てられるので、静かなシーンだと玉突きの音が聞こえてきて、映画の音なのか外の音なのか紛らわしい。しかも、スクリーンが小さいのか、画面の上下が切れてしまう。「検閲でカットされるシーンがあると聞いていたけれど、シーンじゃなくてシャリファ・アマニの頭がカットされてたのよ」と奥さま。
ご自身がムアラフ(改宗したムスリム)でもあるご主人は、「あの映画は自分の経験と重ねて見えてしまう、映画はハッピーエンドだけれど、実際に結婚するとなるとあの後にいろいろと難しいことが出てくる」と意味深なお話。これを聞いて、別のときに聞いた逆の話を思い出した。「民族や宗教が同じでも育った家が違えば習慣は違う、だから結婚したらどの家庭でもトラブルは起こる。国際結婚だったら「宗教が違うから」と逃げられたかもしれないけれど、自分たちは近所どうしだったので、家庭内のトラブルがお互いの家の関係に発展して大変な目に遭った」という話。どちらも経験に基づいた奥が深いお話だ。


奥さまには最近はまっているテレビ番組のSekarを紹介していただいた。もとはインドネシアで放映されていたテレビドラマ(インドネシアで言うところのシネトロン)で、マレーシアではいま放映中で、かなりの人気番組らしい。
ドラマ自体は今一つだと言いながらもはまっているのは、主役が有名女優の娘で、往年の母親の姿にそっくりだから。主人公Sekarを務めるのはNaysila Mirdad。両親はインドネシアの役者夫婦Lydia KandouとJamal Mirdad。
Lydiaはマナドとオランダの血統をひくキリスト教徒で、Jamalはジャワ人のムスリムインドネシアでは宗教が違う者どうしが結婚するときは宗教を揃えなければならなかったけれど、2人は1986年、それぞれの宗教をかえずに結婚することにした。これがインドネシアじゅうで大騒ぎになり、世間や宗教界やリディアの母親など多くの反対を呼んだ。2人の結婚は法的に認められなかったけれど、法廷闘争を経て1995年に結婚が正式に認められた。それまでインドネシアでは夫婦の宗教が違う場合には非合法の夫婦となるか海外で結婚するかなどの方法をとるしかなく、2人の結婚が認められてインドネシアの多くの夫婦が希望を持ったという。
子どもたちの宗教はそれぞれに選ばせた。4人の子どものうち娘2人が役者になり、LointinやIntanなどのテレビドラマで共演した。役者になった2人はそれぞれキリスト教徒とイスラム教徒。Sekarの主役はイスラム教徒の役だが、キリスト教徒の方がその役を演じている。
実はこの奥さま、昨日の話題にも出てきたサバのブルネイ・マレー人。内容はそれほどおもしろくないし、女優の娘が出ているから見ているだけだと言っているが、宗教が異なる相手と結婚した夫婦が子どもをどう育てるかについてのいろいろな事例に関心を持っている様子を見ると、その事例の1つとしてこのドラマが気になっているのかなとも思う。ドラマそれ自体には特に意味が込められていなくても、受け手はそれぞれ自分が読みたい意味を勝手に見出して読むものなのだし。
Sekarについてもう1つ興味深いと思ったのは、マレーシア人の俳優が出ていたけれど、第1シーズンの終わりに劇中で死んでしまって第2ニーズンからは出なくなったという話。(もしかしたらSekarとは違うドラマの話だったのを私が聞き間違えているのかもしれない。)インドネシアとマレーシアの関係を反映しているのかと勘繰ってしまいたくもなるが、スケジュールやギャラなどの事情によるかもしれないし、情報不足でこれ以上はわからない。
後でCD屋に探しに行ったら、LointinはあったけれどIntanとSekarは見つからなかった。Sekarは、シンガポールだったかジャカルタだったか、つい最近どこかで売られていたのを見た覚えがある。バティック柄のSekar Jagadと同じだったのでちょっと記憶に残っていたけれど、どこだったか忘れてしまった。


ご主人とはウルトラマンの映画の話で盛り上がった。その内容は別の機会に。