「イスタンブールに来ちゃったの」

昨年は身のまわりのことがごたごたしていて観た映画や読んだ本のメモもほとんどできなかったけれど、だいぶ落ち着いてきたので少しずつ復活させることにしよう。というのも、去年のマレーシア映画は大当たりがいくつもあって、とても黙っていられないという気持ちになったから。ということで、少し古いものも含めて思い出しながら。


まずは『Istanbul Aku Datang』。タイトルは、主人公が女の子なので『イスタンブールに来ちゃった』という感じだけど、ちょっと意訳して『イスタンブールで恋をして』の方が内容に近いかな。
英語とマレー語を混ぜて早口でぺらぺらっと話し、いかにも都会っ子のディアンちゃん。恋人のアザドが医者になるためにイスタンブールの大学に留学して6か月。いずれ勉強を終えて帰国してプロポーズしてくれると思っているけれど、待ちきれなくて1人で飛行機に乗ってイスタンブールに来ちゃった!
それなのに、アザドは勉強優先だと言ってあまり会ってくれないし、大学で会ったときも公衆で男女がくっついちゃだめだとか言って冷たいし、マレーシア人留学生3人でシェアしている下宿先も、1部屋空いているからそこに泊めてくれるかと思ってたら未婚の男女が一緒の家で寝泊まりしているのは良くないからとか言って自分で部屋を探せって言うし。
道端で話しかけてきたちょっと怪しげなトルコ人の男にとても良い部屋を格安で紹介してもらって、荷物を運び入れてようやく落ち着いてシャワーを浴びているところに見知らぬ男が入ってきてびっくり。なんと、この男は同時に2人に部屋を貸していたらしい。しかも相手はマレーシア人。名前はハリス。お互いに自分こそ正当な住人だから出て行けと相手に言うけれど、肝心のオーナーがエジプトに行ってしまって帰ってこない。やむを得ずハリスとの奇妙な同居生活が始まるけれど、男と同じ家に住んでいることがアザドに知られたら大変なことになるので、ルームメイトは厳格なアラブ人女性で、男子禁制だから部屋に呼べないの・・・とか言ってなんとかうまくやり過ごそうとする。街でハリスとアザドが危うく鉢合わせしそうになり、あの手この手で切り抜けようとするが・・・。


イスタンブールを舞台にしたラブコメディーで、ディアンが家を借りる男性やディアンたちがデートで出かける先の店の人などトルコ人も出てくるけれど、主な登場人物はマレーシア人。でも、お話自体はマレーシアである必然性は全くない。誤解しないように念のため言っておくと、この映画はマレーシアらしさがまったくないからけしからん、というわけでは全くない。むしろその逆。トラベルもののラブコメディーとしてはとても完成度が高くて、だからわざわざマレーシア映画という必要がないという意味。マレーシア映画もここまで来たんだなあと改めて感慨深く思う。


あえてマレーシアらしさを見つけるとしたら、ディアンとハリスの大ゲンカのきっかけの1つであるマギーミー。マレーシアのインスタントヌードルの定番で、どちらかと言うと安っぽい食べ物のイメージ。マレーシアで来客に出したら「あの家ではお客にマギーミーを食わせた」と子々孫々まで言い伝えられそうな感じ。マレーシア人と話していて「外国は物価が高い」と誰かが言うと、必ず誰かが「じゃあマギーミーを持っていこう」と返す。最近はマレーシアでもインスタントヌードルの種類が増えているけれど、半ば一般名詞化した「マギーミー」の知名度は抜群だ。
さて、映画に話を戻すと、ディアンがお腹を空かせて家に帰ってきてキッチンで見つけたマギーミーを食べてしまったが、それはハリスのマギーミーだった。たかがマギーミーなんだけど、食費が高いだろうイスタンブールでわざわざ取っておいたマギーミー、しかもアサムラクサ味。それを勝手に食べたと怒るハリス。反省したディアンは仲直りのためにイスタンブール中を探してアサムラクサ味のマギーミーを手に入れてハリスに返そうとする(でもそこでまた行き違いが起こる・・・)。


でも、この映画がいいのはそんな一つ一つのエピソードじゃなくて、全体の雰囲気。監督は『グッバイ・ボーイズ』や『ゴールと口紅』のバーナード・チョウリー。『ゴールと口紅』では国軍の制服をピンク色にしちゃった、なんていう場面もあったけれど、ファッションセンスにあふれるバーナード・チョウリ―監督には常夏のマレーシアは原色が強すぎたのかもしれない。それで、冬服を着た恋愛ドラマを撮ってみたかったのかもしれないなと思う。イスタンブールの街がとっても美しく撮られていて、そこにかわいらしい冬服を着たディアンとアザドがデートしたりする。雨の中で傘をさしている場面とか。マレーシアで撮るとどうしても夏服になっちゃし、雨もスコールになっちゃうからね。
奇妙な同居人のハリスを演じているのは、シャリファ・アマニ監督・主演の短編『サンカル』でシャリファ・アマニ演じるヤスミンの幼なじみのオマール役だったベト君。『サンカル』ではアメリカに留学していったけれど、イスタンブールに来ていたとは。
「マレーシア映画」と言っていいかどうかわからないけれど、それとは関係なく、というか、そうだからこそ、劇場公開したらマレーシアと関係なく広く人気が出そう。

追記
大阪アジアン映画祭で上映されることになり、なんと邦題は「イスタンブールに来ちゃったの」になったらしい。記事のタイトルを邦題に揃えておく。ついでに表現もいくつか修正。