『鳩 Pigeon』とシャリファ・アマニ

東京国際映画祭で『アジア・オムニバス映画製作シリーズ アジア三面鏡2016:リフレクションズ』を観た。フィリピン、マレーシア、カンボジアと日本が舞台の3作品。東南アジアでは過去の災いによる個人の痛手や社会の亀裂が今日も残っているとともに、人と人を結びつけて社会の亀裂を修復しようとする営みが今も続いている。災いの部分もそうだけれど修復の部分にも日本が関わって積極的な役割を果たしうるという話で、亀裂の修復に関してはカンボジアのパートがよかった。
マレーシアが舞台のパートの『鳩 Pigeon』(行定勲監督)は戦争による社会の亀裂の修復と個人の関係の修復が交わっている話。これを日本人とマレーシア人が一緒に観られるのがアジア三面鏡のおもしろいところで、同じ場面についてどう解釈したかを話してみるとけっこう違っていたりする。例えば、おじいちゃんが木のそばに行ったら子どもたちが出てきた場面はおじいちゃんのどういう思いが表現されているのかと尋ねてみると、日本人はおじいちゃんが昔の友達を思い出していると答える人が多かったのに対して、マレーシア人はおじいちゃんが戦争中のことを謝る気持ちの表れだと答えた人が多かった。「多かった」と言っても尋ねた相手はそれほど多くないのでこれだけでは国民性の違いかただの個人差なのかわからないけれど、いずれにしろ、同じ作品の同じ場面を見て、それをどう解釈したかを互いに話す機会を提供しているのがよいなと思う。


それはともかく、この作品の本筋の話はおいておくとして、ここでは本筋と離れた見どころについてメモしておこう。
出演しているのはマレーシアのシャリファ・アマニ。故ヤスミン・アフマド監督のオーキッド三部作(四部作とも)の主役オーキッド役で知られていて日本にもファンが多い。ヤスミン亡き後にヤスミンの志を引き継いで映画制作もするようになり、短編をいくつか撮っている。短編の主役の名前はヤスミンで、それをシャリファ・アマニ自身が演じている。『鳩 Pigeon』でのシャリファ・アマニの役名もヤスミンだった。ヤスミンの冒頭の登場場面でバジュクロンを着て上の方を見上げている姿はヤスミン監督を思い出させる。このあたりは基本的な情報。
さて、『鳩 Pigeon』で粋だなと思った仕掛けは、ヤスミン監督の長編6作全ての名場面や名セリフをうまく織り込んでいること。『ラブン』と『ムアラフ』は構図が同じなのでわかりやすい。『細い目』と『タレンタイム』は人物や構図がちょっとずれているけれど見ればわかるはず。『ムクシン』と『グブラ』は半ひねりしていているけれど、ほかの作品があるならこれもあるのかなと思って見ているとやっぱりわかる。6作品が全部入っているということは明らかに制作者が意図して仕込んだものだろう。ヤスミンへの深い愛が感じられる。
もう1つの仕掛けは、シャリファ・アマニの初監督の短編が『サンカル』(鳥かご)で、『鳩 Pigeon』でも鳥かごが重要な位置を占めていること。『サンカル』の鳥かごと『鳩 Pigeon』の鳥かごではちょっと意味が違ってて、そのあたりがマレーシアと日本の文化の違いだったりもして興味深い。


最近のマレーシア映画にはヤスミン作品へのオマージュと言われるものが増えている。単にマレー人、華人、インド人が出てくれば「ヤスミン的」だと言っているのを聞くと複雑な気持ちになったりもするけれど、2012年のハリラヤのテレビCMをもとにした『Tulus Ikhlas』のようにヤスミン作品に捧げると明言している作品も出てきている。
ヤスミンを継ぐと期待されているシャリファ・アマニは、構図の認識の力が強いからだろうが、絵で物語を語るストーリーテラーだ。セリフで語るというよりも絵で語る。だからアマニ作品は、漫然と見てセリフだけ聞いていると隠されたストーリーが見えてこなかったりする。『サンカル』も『カンポン・バンサー』も『イヴ』もそうだけど、最新作?はその極致で、ついにセリフなしで物語を語ってしまった。マレーシアのシンガー・ソングライターの注目株フィン・ジャマルからミュージックビデオの制作を頼まれて、姉妹や映画制作仲間と一緒に作ったのが「Suatu Pernah」のミュージックビデオ。約5分半のビデオで歌の合間に、ちょっと『サンカル』を思い出させるシャリファ・アマニたちのドラマパートが挟まれている。セリフは一切ない。
Fynn Jamal - Suatu Pernah Official Music Video - YouTube
この登場人物たちがどのような関係で、どのような物語なのかが話題になって、youtubeのコメント欄に多くの読み解きが寄せられた。シャリファ・アマニによれば、それらのコメントにはまるっきりの的外れのものもあれば、かなり核心を突いたものもあるのだとか。


シャリファ・アマニは、今月の『Nadirah』に出演するそうなので、関心のある方はぜひそちらへ。
アジアシリーズ vol.3 マレーシア特集『NADIRAH』 | フェスティバル/トーキョー16
『Nadirah』はヤスミンの『ムアラフ』に触発されて生まれた作品とのことだけれど、『ムアラフ』という作品へのイメージが日本人とマレーシア人で(さらにムスリムと非ムスリムで)けっこう違う印象があるので、どんな舞台になるのか興味がある。『Nadirah』上映後にはゲストによるポストパフォーマンス・トークがあるそうなので、「あの場面はどのように解釈したのか」といった話を聞かせてもらえるのかなと期待している。