マレーシア映画文化ブックレット

待望の「タレンタイム」の劇場公開が近づいてきた。いろいろなところでヤスミン作品への感想を読む機会も増えてきた。いろいろな人のいろいろな見方を知るのはとても楽しい。
1つだけ残念なのは、ヤスミン監督のことを「アフマド」と書いている人がいること。マレー人の名前には姓はなく、「自分の名前」+「父親の名前」というのが正式な名前。ヤスミン監督の名前は「ヤスミン・アフマド」で、これは「アフマドの子のヤスミン」という意味の名前。欧米風にファーストネームとファミリーネームだと思ってヤスミン監督のことをアフマドと呼んでいる人がいるけれど、これは間違い。「アフマドが亡くなって」とか見るとヤスミン監督のお父さんが亡くなったのかとびっくりする。
「タレンタイム」で、華人メイリンムスリムだと知ったカルソム夫人が、ムスリムになったのになぜ華人の名前のままなのかと戸惑う場面がある。マレーシアでは基本的にマレー人はムスリム華人は非ムスリムで、結婚などで華人ムスリムになると名前もムスリム風にする慣例があるけれど(だからマヘシュの母親はムスリムと結婚すると「向こう側」に取られてしまうと警戒している)、メイリンムスリムになったのであってマレー人になったのでもアラブ人になったのでもないから、とマワールがすました顔で答えている。名前のことを思い込みで決め付けるのはよくないということで、それを尊重するならヤスミン監督のことをアフマドと書くのはやめた方がいいだろうと思う。


ヤスミン作品に出会い、日本でもより多くの人に知ってもらう助けになればと思い、マレーシア映画文化研究会でヤスミン作品のブックレットを作ったのは数年前のこと。「タレンタイム」の冊子はまだ少し在庫があるけれど、「細い目」と「ムアラフ」の冊子は今回シアターイメージフォーラムさんに置いていただいている分で完全に在庫なしになる。お買い上げくださったみなさまには御礼申し上げます。

今回、「タレンタイム」が劇場公開されることになり、ブックレットを置いていただけることになった。ブックレットを出してからその後の研究で明らかになったこともいくつかあって、それを加えて増補版とすることも検討したけれど、以前買っていただいた方々にほとんど同じ内容のものをもう一度買っていただくのもいかがなものかと思い、以前と同じものを並べていただいている。
その後の研究で明らかになったことというのは、例えばオーキッドの物語にヤスミン監督が仕掛けたもう1つのエンディングのこと。「細い目」にはもう1つのエンディングがあって、それがわかると「グブラ」のエンドロールの後の映像もちゃんと説明がつくようになっている。そのヤスミン監督のしかけを知っているのはヤスミン監督とオーキッド役のシャリファ・アマニとジェイソン役のチューセン、そしてもう1人のたぶん4人だけだったけれど、いろいろ調べているうちに巡りあわせで私も知ることになった。ピート・テオたちが「細い目」にはもう1つのエンディングがあると言うことがあるけれど、これはそれとは別の話。
いつかどこかの機会で公表したいけれど、どこでどう公表するのが適切かずっと考えている。少なくとも聞き手が「細い目」と「グブラ」を観ていることを前提に話すべきだろうし、この2つの作品を観た人でも観たとおり感じたとおりのエンディングでいいから余計な話を聞きたくないという人もいるだろうから。でも、適切な機会があれば、そろそろ公表してもヤスミンも許してくれるかなと思い始めている。


追記1.もう1つのエンディング。アディバ先生とのご縁で、予期しないままお話しする機会があった。ただし、もともとの作品世界を壊してしまうと本末転倒なので、あくまでも劇中のオーキッドたちの物語は公開された作品の通りで、ここでいう「もう1つのエンディング」はヤスミン監督とシャリファ・アマニとン・チューセンの物語に関する話と受け止めていただけるとよいかなと思う。ちなみに、上の文中で書いた「もう1つのエンディング」を知っているもう1人とはマレーシアの映画研究者のハッサン・ムタリブ(Hassan Muthalib)さん。もともとアニメーションが専門だそうだけれど、「Malaysian Cinema in a Bottle」というマレーシア映画研究の本も出している。この人の映画評は深読みの度合いがとても深い。ついでに書いておくと、ハッサン・ムタリブさんの息子さんはA.サマド・ハッサン(A Samad Hassan)さんで、今週末(3月31日)に立教大学で一般公開のセミナーがあるらしい。


追記2.ブックレット。マレーシア映画文化研究会のヤスミン作品のブックレット3冊のうち『タレンタイム』以外は完全に在庫なしで増刷の予定もなかったけれど、アディバ先生から「私がヤムとして出ている作品の解説も日本のみなさんに読む機会を与えてほしい」というリクエストがあったので、ほかの2冊も少しだけ増刷することにした。東京だとシアターイメージフォーラムさんに4月第1週の後半ぐらいにお届けできると思うので、『タレンタイム』をもう一度観に行ったついでにブックレットも気にかけていただければと思う。


追記3.アディバ先生を演じたアディバさんの名前をどう書くか。いろいろとややこしい。
まず、フルネームで書くと「Adibah Noor Mohd Omar」。上でも書いたようにマレー人の名前は「自分の名前」+「父親の名前」。彼女の名前は「自分の名前」と「父親の名前」が両方とも2語なので、「Mohd Omarの子のAdibah Noor」となる。Adibah Noorで1つの名前。ただし呼ぶときにはNoorは略すこともあるのでAdibahだけでもいい。短く書くとAdibah Noorになるからといって、Noorは「父親の名前」ではないし、ましてファミリーネームでもない。
Adibah Noorをカタカナでどう書くか。外国人の名前を日本語で書くときは中間の音だったりして難しいところがあるけど、名前の呼び方は、おおまかな法則はあっても最終的には本人がどう呼ばれたいかという問題なので、可能なら本人に聞いてみるのが一番。アディバ先生に「アディバ・ノール」と「アディバ・ヌール」ではどっちが近いですかと聞いたら「アディバ・ノール」とのことだった。ということで、これからはできればアディバ・ノールさんと呼ぶことにしよう。