インドネシア映画『珈琲哲學2』

ジャカルタのブロックMスクエアで『珈琲哲學2』を観た。映画の後は隣のフィロソフィ・コピへ。

『珈琲哲學』の1(というか前作)がそろそろ日本で劇場公開されるタイミングで、2もいずれ日本で劇場公開されるかもしれないと思うので、これから1を観る人や、いずれ2を観たいと思っている人は、以下は作品を観るまで読まない方がいいかも。1を観た人も、その世界観がとてもよかったと思う人は、以下は読まない方がいいかもしれない。ネタばれだからということではなくて、本筋と全く関係ない話をあれこれひっくり返して書いているから。


せっかくなので、はじめに少しだけ本筋からあまり離れない範囲での紹介もしておこう。
ベンとジョディを演じるのはもちろん前作と同じチコ・ジェリコとリオ・デワントで、2人の立場や関係も前作を踏まえてのもの。そこにセレブ女優のルナ・マヤ(タラ役)と元ミス・インドネシアのナディン・アレクサンドラ(ブリ役)が今回新しく加わった。
舞台はジャカルタだけでなく、バリ、ジョグジャカルタ、マカッサル、トラジャと国内5か所でロケを行っていて、それぞれ特徴を持った土地の様子がどれも美しく描かれている。
ジャカルタのパートでよかったのはジョディたちが暮らす華人の生活が描かれていたこと。『珈琲哲學』でもジョディが華人であることは隠されていなかったけれど、あまり華人性は強調されていなかった。『珈琲哲學2』では、家の中に赤いカレンダーがかかっていたり、お線香を立ててお祈りしていたり、漢方薬のお店で働いていたりする様子が出てくる。ベンたちが仕事やプライベートで人と会うのがなぜか中華の店が多くて、箸で食事しながら話している。
華人つながりで言えば、インドネシア華人コメディアンで『エルネストの家作り』『隣のお店は?』の監督・主演作品があるエルネスト・プラカサもバリスタ役で出てくる。


本題に入る前に前作の話。
映画「珈琲哲學」 - ジャカルタ深読み日記
『珈琲哲學』は父親との関係の物語だった。強権的に国を引っ張っていったスハルト大統領という強い父を民主化運動によって政権から引きずり下ろしたことで、インドネシアは、現実の存在としての父なる指導者を失っただけでなく、強い父性が家族を守るというあり方も否定した。それ以降のインドネシアで父性とどのように向き合うのか。これが『珈琲哲學』の隠しテーマで(隠れてないけど)、父を失った子どもたちはそれぞれ自分たちの道で成功することで父と和解した。だから『珈琲哲學』はスハルト後のインドネシア社会が重ねられている物語。これが『珈琲哲學』を観たときに感じたこと。
『珈琲哲學2』でも父親との関係がテーマで、父性に関して『珈琲哲學』で答えずに残っていた問題に答えている。
その一方で、『珈琲哲學2』を観たことで『珈琲哲學』の理解の仕方が変わってしまった。『珈琲哲學』がスハルト後のインドネシア社会と重なるというのは確かにそうなんだけど、『珈琲哲學2』はスカルノ政権後期のインドネシアに重なる話で、そう見るならば『珈琲哲學』はスカルノ政権前期に重なる話に思えてくる。


『珈琲哲學2』のあらすじを前半まで。
コーヒー哲学を体現したコーヒー店フィロソフィ・コピを作った伝説の2人、ベンとジョディ。インドネシア全国にコーヒー哲学を届けようとインドネシア中をまわっていたが、一緒に店を立ち上げた仲間たちが別の道を歩み出し、ベンとジョディは2人だけになる。新人を雇ってもベンが「コーヒー哲学がわかってない」と認めないのでみんなやめてしまう。
ジャカルタに戻り、投資家が見つかって、最初に出した店を再建する。荒れ果てていた内装を整えて、新しいスタッフを雇い入れて、さて開店当日。ベンに知らせずにバリスタのブリ(サブリナ)が雇われていたので勝手に決めるなとベンが怒る。大学で農学を学んだブリがコーヒーを淹れても、ベンは「コーヒーは学校の勉強と違うんだ」「コーヒー哲学は俺にしかわからない」と怒る。それでもブリはバリスタをやめようとしない。
話はこれからが本題で、投資家がどんな人だとか、ブリがどんな背景と思いをもってフィロソフィ・コピに来たのかとか、そこで本筋が展開していくんだけど、日本で劇場公開するかもしれないので(期待を込めて)、ここから先は控えておく。肝心の父親との関係の話にも触れないことになるけれど、それはしかたない。


さて、ここからは本筋と関係ない話。
『珈琲哲學』のシリーズを通して、コーヒー哲学とは何のことなのか。ベンとジョディがしようとしたのは、ちょっと変な言い方だけど、コーヒーが治める国を作ることだった。だとすれば、コーヒー哲学とはその国家原理ということになる。
インドネシア独立運動を導いたスカルノは、逮捕されて流刑にされたりと幾度も困難に出遭ったけれど、インドネシアを独立に導くことでその国家原理であるインドネシア民族主義を具現させた。しかしいざ大統領になって国家運営にあたると、意見の違いからかつての仲間たちが離れていく。独立運動スカルノとともに指導的な役割を果たしたハッタは、初代副大統領としてスカルノを支えていたけれど、スカルノとの路線の違いのため政界を去った。1人になったスカルノは、民衆の考えが一番よくわかっているのは自分だけだと言い、自分が民衆を教え導くことでインドネシアの国家原理が適切に発揮されると唱えた。
ベンとジョディは、『珈琲哲學』で自分たちがコーヒー哲学を具現したと思っていて、それをインドネシア全体に広げようとしたけれど、『珈琲哲學2』になると、それまで一緒にやってきた仲間たちは去っていき、新人スタッフたちもベンに「コーヒー哲学がわかっていない」と言われて辞めていく。
ベンとジョディの考え方の食い違いは『珈琲哲學』でもあったけれど、『珈琲哲學2』ではベンがジョディを店の経営から追い出そうとする。『珈琲哲學2』はスカルノ政権の後期と重なって見えてくる。
そう思って振り返ると、『珈琲哲學』は、建物は受け継いだけれど設備が全く整っておらず、十分なスタッフもなく、そこに設備と哲学を注入することでコーヒー哲学を具現する店を作るという話で、これはスカルノ政権の初期と重なって見えてくる。植民地国家を引き継いで独立国家を運営するにあたり、ハコしかない状況でどうやって中身を実質化させていくか。その答えはゆるぎない哲学をつくることだった。でも、努力を重ねて独立を実現させても、その後に寄って来た人たちは肝心の哲学を十分に理解していないように見えてしまう。


『珈琲哲學2』には「ベンとジョディ」という副題がついている。人の名前が2つ並んでいるのを見るとジャカルタスカルノ・ハッタ空港を思い出す。ベンとジョディがますますスカルノとハッタと重なって見えてくる。
もちろん、ムスリムのベンとチャイニーズのジョディをジャワのスカルノスマトラのハッタに単純に重ねるわけにはいかないだろう。でも、社会の代表は2人でセットの方がいいというのがインドネシア社会の知恵だと考えれば、独立時はジャワとスマトラのコンビがよかったとしても、今はムスリムとチャイニーズのコンビがふさわしいということなのかもしれない。