海外出稼ぎインドネシア人雑誌 Media TKI

Media TKIの編集部があるエリア

民族雑誌の話が続いたので別の雑誌の話。2007年8月に創刊したばかりの『Media TKI』という月刊誌を見つけた。TKIとは「インドネシア人労働者」の頭文字を並べたもので、理屈の上ではインドネシア国内で働いている人もTKIだとは思うのだが、もっぱら国外で働いているインドネシア人労働者を指す。(男女どちらも指すが、女性のTKIを特にTKWと呼ぶこともあるのでややこしい。)ということで、Media TKIというのは海外出稼ぎインドネシア人を扱った雑誌だ。
どんな雑誌なのかと思って編集部を訪問してみた。ジャカルタ北部の空港そばのPantai Indah Kapokというエリアで、まるでリゾート地のようにきれいに開発された住宅地の中に事務所があった。


編集長はアグストニ・チトルスさん。なんとまたもやバタック人。弁護士で、2000年からTKI問題を専門に扱っている。「TKIに関する政策や法律は十分に理解したし、政府や企業のTKI関係者にも知り合いが多くできた。でも、今の政策や法律だけではTKI問題は解決しないことがわかった。TKI問題はTKI自身に自分たちの権利や義務を理解させることでしか解決しない。TKIに関して解決すべきことがらはたくさんあるけれど、情報が表に出てこないので何が問題なのかわかりにくい。雑誌発行を通じて人々に見える形でTKIの問題を示したい。そして、法的にどこにどういう助けを求めることができるのかをTKIに教えたい。インターネットの時代だという人もいるけれど、インターネットでは読めない人がまだまだたくさんいるので雑誌で出す。」というのが創刊の動機。

企業などTKI関係者に知り合いが多いので、創刊したら広告収入がたくさん入って安定した雑誌発行ができると見込んでいたけれど、どの企業もこの雑誌を遠ざけて広告を載せてくれない。理由は、TKIの法律上の権利を教えたり、各種手数料の適正な額を示したりして、「TKIに要らない知恵をつけようとしているため」らしい。Media TKIはこれまで4号出したけれど、広告はまだ1つもない。したがって資金源はすべてアグストニさんの私財。弁護士なので収入は悪くない。どうせ他人のトラブルに法律知識でアドバイスするだけで手に入れた金なんだから、それをそのまま編集部の運営費と出版費用にまわしてもそれほど惜しくはない。ただし、このまま広告がゼロだとじきに編集部は破産してしまうかもしれないし、自分の後でこの雑誌を続ける人が困るだろうから、できれば広告収入で経済的に自立したい。少なくともそうなるまではインドネシア国民に対する義務だと思って続けている。

今発行しているのは月刊誌だけれど、実は広告が取れるようになったら同じMedia TKIの名前で隔週刊のタブロイド紙を発行する準備も進めている。すでに見本紙は刷り上っていて、あとは広告が来さえすればという状態だそうだ。見本紙を見せてもらったら、創刊されてもいないのに2008年2月の日付けで「第7号」と書いてあった。「発行が3ヶ月以上続いているように見せるイメージ戦略だよ、弁護士ははったりが9割だからね」だって。


アグストニさんは、TKIが成功するのはよいことだと言う。TKI個人や家族がよい生活を送れるようになるし、国の経済にも貢献する。また、異文化に触れたTKIが帰ってくることでインドネシア国内が文化的に豊かになる。特に、TKIが外国で身に付けた勤労倫理をインドネシアに持ち帰るとまわりの人たちに影響を与えて、親戚や地域が発展することにもなる。

アグストニさんはTKI問題で政府と協力するつもりだけれど、現状では政府に不満があり、誌面を通じて改善を求めている。たとえば、台湾ではインドネシア人労働者とフィリピン人労働者がいるが、フィリピン人労働者はインドネシア人労働者より待遇がいい。その理由はフィリピン政府が自国民の保護について台湾政府にいろいろと要求しているため。インドネシア政府は自国民を十分に保護できていない。

アグストニさんによれば、インドネシア政府がTKI問題をまじめに捉えていない証拠はジャカルタの空港に降り立てばすぐにわかる。入国審査のすぐあとのところに、TKIに「pahlawan devisa」(外貨の英雄)と呼びかけている垂れ幕がある。TKIを言葉の上では国家の英雄扱いしているけれど、これは言葉だけ。もし本当に英雄扱いするのならば、独立の英雄や殉職した軍人や警官と同じようにTKIも亡くなったら英雄墓地に英雄として埋葬されるべきなのに、彼ら彼女らは村の墓地につつましく埋葬されているだけ。だったら英雄などと呼ばなければいい。


アグストニさんの話は以上。バタック雑誌から離れたと思ったのにまたバタック人だ。「インドネシア民族のために」と言って雑誌を創刊したバタック人に立て続けに3人会った。しかもみんな、自らのバタック人性を意識しながらもインドネシア民族性も強く意識している。そんなにまでしてインドネシア民族として認めてもらいたいと訴えているということは、逆に言えば、バタック人はインドネシア民族として認めてもらっていないという思いが強いということではないか。


編集部からの帰り道、ジャカルタ市内行きの高速道路に乗る手前の道路標識に「Tzi Chi」と書いてあったような気がした。台湾の仏教慈善団体ツーチー(慈済)のことか? なんで外国の団体の名前が道路標識に書かれているのか? ツーチーはインドネシア各地の災害対応で活躍している団体で、手際がとてもよいという印象があり、いつか訪ねてみたいと思っていたところ。妙なところで出会ったので仏さまに手招きされているような感じがしたが、市内と方向が違ったので今日のところはそのまま。


TKIについてもっとちゃんと知りたい人は以下のサイトをどうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/kenken31/20070803
必至にいろいろと考える : 第66回 TKI(インドネシア人労働者)『外国で働くインドネシア人の実態』〜2004年11月掲載〜
http://www.kuis.ac.jp/icci/project/okushima.htm