シンガポール映画「Pleasure Factory」

しばらく前、シンガポール映画「The Leap Years」の紹介で、ジェレミーのことがよくわからないと書いた。この人物、実はアナンダというタイの俳優で、タイの映画界ではものすごく有名な人だったようだ。そう思って少し気にしながらシンガポールを歩いていたら、アナンダが出ている別の映画「Pleasure Factory」のDVDを見つけた。「The Leap Years」と違ってシンガポールのローカル色がとても豊かだというので、さっそく観てみた。


華語タイトルは「快楽工廠」。シンガポールの赤線地区として知られるゲイランを舞台とする映画で、実際にいくつかのシーンはゲイランで撮影されたらしい。ということでゲイランの実際の様子を垣間見ることができるのだけれど、重要なのはそれが本物かどうかではなく、それを見てどう考えるかだろう。実際の様子が見られたから優れているというだけでは想像力の欠如と言わざるをえない。
シンガポール有数の赤線地区での撮影、しかもシンガポールで最も大胆な描写の映画との触れ込みだったのでどんなものかと思って観てみたが、セックスシーンもそれほど大胆なわけでもないし、物語もちょっとわかりにくいという印象を受けた。ところがところが、調べてみると、シンガポールで売られているDVD版では肝心の部分が2か所カットされていたらしい。言葉による説明が少ないうえに想像力で十分補えなかったのでどうも物語がわかりにくいと思ったが、さらに肝心の部分がカットされていればますますわかりにくくなる。


この映画では、ゲイランである晩に起こったことが3つの物語として描かれている。
1つ目は、若い男性ジョンが兄貴格の友人にそそのかされて売春宿で女性との初めての性体験を得る物語。友人に「ゲイランに行ってみろよ」と勧められ、はじめはびびって逃げ出すけれど、事を済ませた後で「こんなものか、けっこう楽しかった」という顔をして出てくる。
2つ目は、ある少女がゲイランで体を売る初日の物語。冒頭、アナンダ扮するクリスが街である少女を見かけて後をつける。部屋に入った少女をクリスが外で待っている間、少女は先輩のリンダに手ほどきされてリンダの客である男の相手をする。相手の男を満足させることはできなかったけれど、金を手にして、これで体を売る第一歩を踏み出したことになる。その後、少女とリンダとクリスの3人が屋台で食事していると、流しのギター弾きが来る。少女のリクエストで「月亮代表我的心」を弾いてもらうと、聞きながら少女とリンダが泣き出す。
3つ目は、ゲイランで高給を取る花形の嬢の物語。客への対応を終えて屋台で食事している嬢のところに来たギター弾きの男に「特別曲」をリクエストする。これは曲を弾くのではなく別の形でサービスすること。嬢はギター弾きを自分の部屋に連れ帰り、何をするでもなく体を寄せあうだけで満足げな様子。


この3つの物語全体でどんな話になるのかはまだ考え中。快楽を求める男と快楽を与える女が出会う場所であるゲイランで、実際に男たちが求めているのは肉体的な快楽ではなくロマンスであり、そして女も実はロマンスを求めている、ということだろうか。まあそれはそうなんだろうけれど、でも体のつながりを求めているように見えて実は誰もが心のつながりを求めているんだなんて、いったい誰に向けてそんな話をしているのか。
ちょっと気になったシーンをいくつか。
1つ目の物語で、ジョンがベッドで女に「どうしてこんな仕事しているんだ」と尋ねている。自分で金で買っておいてそんな質問をすること自体がどうしようもなく野暮なんだけれど、女が「父が亡くなったので生活を支えるため」と答えると、ジョンはそれを聞いて泣き出してしまう。しょうがなくて女が「今のはウソ。ここにいる中国の娘はみんなバッグや服が買いたいからこんな仕事をしてるのよ」と言ってあげると、ジョンは「どうしてウソついたんだ」とまた泣く。父が死んだという話は、この界隈で女を買う男が期待する答えの1つとして答えたのかと思ったけれど、その後のシーンで父のことを思い出して泣いているようなので、物語上では真実なのだろう。このウブとウブの馴れ合いみたいなのはなんだろうか。
同じく1つ目の物語で、売春宿から出てすっきりした顔をしているジョンを見て、連れて来た兄貴格の男が残念そうな顔をしている。カットされたシーンを見ればわかるが、この2人は以前から性関係をもっていて、少なくとも兄貴格はジョンのことが好きな様子。兄貴格は、自分の指示でジョンに女を抱かせて、もしかしたら「女は汚らわしいから嫌いだ、やっぱり兄さんがいい」とでも言わせたかったのかもしれない。でもジョンは「けっこう楽しかった」と喜んでしまい、そのため兄貴格はジョンにとっての自分との関係は好意ではなく好奇心からだったとわかってしまい、それで残念そうな顔をしているということだろうか。
2つ目の物語では、食事の場面から考えて少女とリンダは親子で、もしかするとクリスは少女の父親なのかもしれない。ということは、クリスが十数年ぶりにシンガポールを訪れ、かつて一夜を共にした嬢とよく似た少女を街で見かけて後をつけたところ、リンダとの思わぬ再会を果たしたということだろうか。少女がリクエストした「月亮代表我的心」を聞いて涙を流していた2人は、結婚式の定番のこの歌をどのような気持ちで聞いたのか。これで自分はもう結婚式を挙げられない身になったので、せめて今日だけでもこの歌を聞かせてほしいという少女の思いだったのかもしれない。


2つのシーンがカットされたのは、おそらく男性器がはっきりと映っているためだろう。(ネット上でうまく探すとこの2つのシーンの動画を載せているサイトがみつかる。)どちらも1つ目の物語。ジョンと全裸で抱き合っているのを兄貴格が回想しているシーンは、筋を理解するのに必要なのでカットしないでほしかった。DVDにも一瞬出てきたけれど、顔が見えなかったので男と女かと思った。もう1つは、相手の女がシャワーを浴びるのを待っているジョンが、期待と興奮でいきり立つ自分のからだを持て余して、ベッドの上で1人あれこれしているシーン。のぞき見気分を満たす意味ではおもしろかったけれど、こちらはなくてもよかったかも。