「ワスレナグサ」の源流 「男はつらいよ」と「クリアネス」

ヤスミンの「ワスレナグサ」のプロデューサーである小野光輔さんと杉野希妃さんにお会いする機会があった。ヤスミンが石川県に行ったときに同行していたそうなので、それぞれの訪問地でどんなことを言っていたのかを教えていただければという程度に思っていたが、ワスレナグサの制作に至る経緯やヤスミンの話をいろいろと伺うことができた。
また、ご厚意で「ワスレナグサ」の現段階での脚本を読ませていただいた。他のヤスミン作品との関連などいろいと思うところはあるが、読ませていただいたものが最終的な確定稿ではないことや、映画をどうするかはこれから関係者の間で調整されていくとのことなので、細かい内容を書くことは控えることにする。とはいえ、最終的な確定稿ではないとはいえ、脚本が大筋で固まっていることは書いておこう。それをもとにした映画の制作への期待からだ。
杉野さんは「キネマ旬報」の9月号にヤスミンの追悼文を寄せていて、そのなかで「ワスレナグサ」の制作を実現したいと書いている。実現のためには乗り越えなければならない山がいくつもあるだろうけれど、それでもぜひとも実現していただきたいと思う。そう遠くない将来、ヤスミン原作で別の監督による日本・マレーシア合作の「ワスレナグサ」が観られますように。


ところで、杉野さんは女優でもあり、「クリアネス」という映画に主演している。
「クリアネス」はケータイ小説を映画化したもの。主要登場人物はいずれも20歳前後で、考え方や行動は今の私には十分に理解できない部分もある。(もちろん、登場人物の考え方や行動が十分に理解できないからと言って、その映画への評価が低いとは限らない。)でも、杉野さん演じる主人公の名前がさくらであることから、深読みの線が繋がった気がした。
さくらで思い出す別の映画は「男はつらいよ」シリーズだ。よく知られているように、ヤスミンは寅さんシリーズが大好きで、第1作はオールタイム・ベストだと言っていたとか。寅さんシリーズも全巻持っていて、ほとんど観ているらしい。そうだとすれば、日本で「ワスレナグサ」を撮るにあたり、第11作の「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」には特別の思いを抱いたことだろう。そういえば「ワスレナグサ」は牧場が舞台だそうだが、「寅次郎忘れな草」も牧場が舞台の話だ。これで深読みの線が繋がったかと思ったけれど、牧場は「遥かなる山の呼び声」のイメージではないかとのご指摘をいただき、検討して出直すことに。
もう1つの深読みは、「ワスレナグサ」の源流として「男はつらいよ」と「クリアネス」があるのではないかというもの。それは日本人の男女交際観と関係している。
「寅次郎忘れな草」では、20歳前ぐらいの男の子と女の子がいて、親しいけれどまだお互いの気持ちがどうだかわかっていない状態で寅さんがみんなの前で2人のことを「恋人」と言ってしまい、女の子が顔を覆って泣き出してしまうというシーンがある。これが日本人の男女交際観の一方の極だとすれば、「クリアネス」のさくらたちの男女交際観はもう一方の極だと言えるだろう。映画の中に表れたこの2つの男女交際観がヤスミンの想像力をかきたてたのではないか。「ワスレナグサ」では、日本人の男の子とマレーシアの女の子がお互いに恋心を抱くけれど、ストレートに表現しようとするマレー人と物事をはっきりさせようとしない日本人のギャップがドラマを作っていく。ただし、日本人はみんな男女交際に奥ゆかしいということではなく、性的にオープンな面もあるという描き方がされている。人の清濁の両面を描いてきたヤスミンがここに目をつけたとしても不思議ではないだろう。
「クリアネス」の登場人物の考え方や行動が十分に理解できないと書いたけれど、考えてみれば、ヤスミン作品の多くはマレーシアの保守層から「理解できない」「現実にはない」と批判され続けた。ヤスミンが「クリアネス」を観たかどうかは聞き逃したけれど、何か通じるものがあったのではないだろうか。


話は大きくそれるが、「クリアネス」を観ていてどうしても気になることがあったので少々。「クリアネス」の制作スタッフにウルトラマン・シリーズ(特にエースからレオまで)のファンがいるような気がしてならない。
わかりやすいのは登場人物の「レオ」。ウルトラマンレオは、他のウルトラ兄弟たちと違って故郷の星や家族を失った孤独な境遇にあるのだけれど、それが「クリアネス」のレオと重なっている。これだけならただの偶然かもしれないけれど、ほかにもあれれと思う場面がいくつも出てきた。
・レオとさくらが身振りで会話するシーンで、レオがスペシウム光線のポーズをとるとさくらがメタリウム光線のポーズで返している。両手を十字に組むスペシウム光線のポーズはウルトラマンに馴染みがなくても知っている人は多いだろうけれど、メタリウム光線は馴染みがないと出にくいんじゃないだろうか。(ただし、ウルトラマンになじみがない人(特に女性)にはスペシウム光線ではなくメタリウム光線のポーズをとる人が多いという説もあるらしい。)
・さくらのボーイフレンドの名前はコウタロウ。ウルトラマンタロウの地球での姿である東光太郎と同じ名前。
・レオとさくらがペアの指輪をするとき、レオは左手の薬指に指輪をはめた。ウルトラマンレオに変身するおゝとりゲンも、変身アイテムである指輪レオリングを左手薬指にはめていた。
ここまでは偶然の一致かもしれない。でも次のシーンで確信した。
・けがをしたコウタロウが杖をついて登場するシーンで使っていたのが前腕固定型の杖。これはウルトラマンレオモロボシ・ダン隊長がしていた杖と同じ。
気になって原作を読んでみたら、ウルトラマンレオの歌を歌っていたからレオと名付けたことになっている。ただしコウタロウの杖は原作では松葉杖で、前腕固定型の杖にしたのは映画の制作スタッフによるもののようだ。


追記.
その後、ある機会に20代から30代の女性4人に「ウルトラマンの必殺技のポーズをして」とお願いして一斉にポーズをとってもらったら、全員そろってメタリウム光線のポーズをとった。認識を新たにした。ウルトラ検定にはこんな問題は出ないだろうか。