『グブラ』−オーキッドは誰と結ばれたのか

ヤスミン・アフマド特集が終わって数日たつけれど、もう少しヤスミン作品について。
友人から、『グブラ』でオーキッドがアラン(ジェイソンの兄)と結ばれたと思ったと聞いて驚いた。最後にオーキッドがアランとベッドで寝ていたように見えたというのは何かの見間違いだと思うが、浮気をした夫アリフの家を出たオーキッドがアランの家に行き、アランと手を繋いでアランの部屋に入ってアランに肩を抱かれたため、オーキッドがアランと結ばれたと思ったらしい。
私もオーキッドがアランの部屋に行ったのは「結婚」のためだと思うけれど、結ばれた相手はアランではない。アランはオーキッドの「結婚」の立会人だった。
アランの家は結婚の儀礼が執り行われる教会に見立てられている。車を降りて、玄関から狭い通路を通って家に入るまで、アランはオーキッドの左側でオーキッドを導いている。「新婦」オーキッドの父親の代わりだ。
部屋の入口に来ると、アランが反対の手を差し出してオーキッドを部屋の奥に導く。オーキッドの右側に立つアランは、ここでは新郎役を務めている――ただし、その代理として。窓際までオーキッドを導くと、アランはベッドにオーキッドだけ座らせ、自分はその隣に座らない。そしてアランは、ジェイソンの遺品が入った箱をオーキッドの隣に置く。ジェイソンはすでにいないけれど、「祭壇」に並んで座っているのはオーキッドとジェイソンの2人に他ならない。
ジェイソンが遺した手紙や携帯電話に顔をうずめて泣くオーキッド。これはオーキッドとジェイソンの誓いのキスの儀式で、これによってオーキッドとジェイソンは結ばれた。アランはここでは司祭役であり、したがって天の父のかわりということになる。
誓いのキスの後、アランは泣き崩れるオーキッドの肩を抱きかかえているが、これはオーキッドの義兄になったアランがジェイソンを失った悲しみを共有しているのであって、アランとオーキッドのあいだにそれ以上の関係はない。
ここまでの部分で、アランは「新婦」の父と天にいる父の2人分の父の代行をしているが、実はもう1人分の父の代行をしている。この場面の前に、アランが自分の部屋で1人で写真を見ている場面があった。離婚した妻に引き取られた娘の写真だろう。この写真はもともと他の写真と一緒に窓の近くの棚に置かれていたが、オーキッドが部屋に来た場面ではこの写真だけ入り口近くのテーブルの上に移されていた。このテーブルは、アランの家を結婚式場に見立てるならば列席者の位置だ。ということは、アランの娘は列席者として参加しているということで、したがってアランも列席者の父親として列席しているということになる。アランは3人分の父を代行していた。
父の代行をしてオーキッドの「結婚」を執り行ったアランは、実際に「父になる」ことができた。物語の終盤に、教会で祈るアランの隣に少女がいる。おそらくシンガポールにいる妻のもとから娘を引き取ったのだろう。
このほかにもジェイソンの両親が和解しており、これによってジェイソンの父親も「父になる」ことができた。ただし、『グブラ』に出てくる男たちには父になれなかった人たちもいる。父になれた男となれなかった男の違いは、約束を守ったかどうかにある。約束を守った男は父親になれるが、守らなかった男は父親になれない。