地域研究者は自分の社会の問題にどう関わりうるか

被災から約2週間を迎えるこの時期、被災地やその近隣地域でまだ緊急段階におかれている被災者の方々がたくさんいるなかで復興の話を始めるのはどうかという考えもあるかもしれないが、早い時期から復興の方向を考えるのは必要なことだ。
直接の被害を受けた地域では、基本的な生存基盤である住居と生業の復興が中心的な課題となる。そこでは基本的に行政が中心的な役割を担うが、法律の運用などにおいて平時と異なる対応が必要な場合もあり、その点では現場の被災者の状況を把握しているNGO/NPOや国内外の災害対応を研究してきた防災研究者が果たす役割が大きいだろう。この点において、被災地から遠く離れた場所にいる私に直接的に貢献する余地はあまりないだろうと思っている。
それでは、地域研究者は今回の災害にどのような関わり方ができるのか。かなり大雑把な言い方になるが、地域研究では研究テーマよりも地域自体に重きを置く傾向がある。よく言えば、既存の学問分野ごとに細分化せずに対象を相対的に捉えることができるが、悪く言えば、対象地域について細かいことまでいろいろ知っているけれど分析的でないということにもなりかねない。私は後者の見方には異論があるが、それはともかく、いずれにしろ、地域研究者の専門性は、その研究対象地域では大いに発揮されるが、違う地域に行くととたんに専門性が失われる傾向があるということは否定できないだろう。わかりやすい例で言うと、インドネシアの防災を研究している地域研究者は、インドネシアの紛争や選挙については語ることができても、日本の防災についてはほとんど語ることができないということになる。
では、地域研究者は自分が所属する社会の状況に対して専門性を用いて何も関わることができないのか。「そうだ」という立場もあるだろうが、私は必ずしもそうではないと思っている。そのことは、今回の災害にどのように関わるかということとも密接に関わっている。
災害対応に関しては、救命救急や緊急の段階とその後の復興段階とで、地域研究者には異なる役割がある。
救命救急や緊急の段階では、外国語の能力を活用して、在留外国人に対する情報提供を行ったり、国外からの支援者と地域社会の橋渡しをしたりするなど、広い意味での「通訳」の役割を果たしうる。実際に、国内の地域研究関連団体が集まる地域研究コンソーシアム(JCAS)では、今回の地震発生直後から各言語の翻訳ボランティアを募集したり、各言語による緊急情報の発信についての情報を集めたりしている。
これに対し、復興段階では、創造的復興のデザインのために地域研究者が果たしうる役割があると思う。実はここからがこの話の本題だ。災害からの復興は、被災前に戻すことではなく、被災を契機によりよい社会を作ることだ。その社会が被災前から抱えていたけれどうまく解決できていなかった課題について、被災を契機に課題が人々の目に明らかになったり、解決のための優先順位の認識が変わったり、あるいは外部の支援が入ったりすることで、被災前には十分に取り組めなかった課題への解決をはかり、結果としてよりよい社会の実現を目指すのが創造的復興だと言える。
今回の災害では、「オールジャパン」という掛け声があふれている。これは、今回の災害を単に東北地方だけの問題とせず、直接被災していない人たちを含めてみんなで復興に関わるという意思が表われた言葉としてとても意味があると思う。でも、「オールジャパン」を強調しすぎると、今回の被災を日本国内だけの問題と捉えて、日本国内だけを見て復興を進めるという狭い見方につながりかねないのではないかと少し心配だ。日本社会に降りそそいだ未曽有の災害に対し、日本社会全体で立ち向かおうとするとともに、それを契機に日本社会が近隣社会や国際社会とどのような関係を作っていくのかについても念頭に置いて復興をデザインする必要があるのではないか。
改めて被災前の日本ではどのようなことが問題となっていたのかを振り返ってみると、もう民主党政権では立ち行かないという認識が多かったのではないか。その理由はいろいろあるだろうが、首相や大臣の頻繁な交代に端的に表れており、その原因は沖縄の米軍基地問題や在日外国人による献金問題であったりさまざまだが、いずれにしろ、日米関係や近隣諸国との関係が国内問題の形で現われたものだったと言える。そうであれば、これからの日本社会の復興を考えるうえでは、単に「壊れたものを元に戻す」「失われたものの代わりを与える」という復旧ではなく、日米関係や近隣諸国との関係を織り込んで復興の方向性を考えていく必要があるはずだ。
計画停電はエネルギー確保の問題と直結していてわかりやすいが、そのほかにも、非常時の生活必需品の確保も原発事故の日本製品の輸出への影響も、どれも日本国内だけの問題と見ていては解決できない。
もちろん、直接の被災地ではまず住居と生業、そして心のケアなどが復興として必要だが、それらの課題への取り組みを現場に即して進めるとともに、被災地を含めた日本社会全体をどの方向に向けて復興させていくかを考える必要もあるはずで、そこには地域研究者にこそ担える役割もあるように思う。その具体的な方法はもう少し考えていきたい。