インドネシア映画『Cek Toko Sebelah』

インドネシアで劇場公開中のインドネシア映画『The Underdogs』を観て、エルネストつながりということでDVDでインドネシア映画『Cek Toko Sebelah』を観た。
タイトルの「Cek Toko Sebelah」の文字通りの意味は「隣の店を確かめろ」(隣の店と比べてみろ)だろうけど、比喩的な表現なのでタイトルは『ライバル』あたりがよいのでは。


まずはあらすじを結末まで。
小さな雑貨屋を営む華人一家。母は亡くなっていて、店を切り盛りしているのは父。息子は2人。兄は売れない写真家。弟は大学を出て大企業で活躍するエリートで、近く出世してシンガポールに駐在の見込み。病気で倒れた父を見舞いに息子2人が駆け付けると、父は店を弟に継がせるという。長男として自分が継ぎたい兄も、世界に打って出ようとして小さな雑貨屋に関わる暇はない弟も、なぜ?と首をかしげる。とりあえずシンガポール駐在までの1か月間ということで弟が慣れない雑貨屋の経営に手を出す。自分が店を継ぎたいと思う兄と関係が悪くなり、兄は母の墓を何度も訪ねて墓碑で微笑む母の姿に自分の気持ちを打ち明ける。
弟が店を継ぎたくないことを知り、かといって兄に任せられないと思った父は、店を売ることにする。大切にしてきた店を手放した心労のあまりに再び倒れると、父の病室で出会った兄弟は店が売られたことを知り、弟が店を継ぐと決心して、兄弟で力を合わせて店を取り戻す。
店が戻ると、病室で兄弟がしていた話を聞いていた父は店を兄に任せると言い、兄は自分のカラーを入れて店の経営に乗り出し、弟はシンガポールに旅立つ。


この物語の最大の謎は、雑貨屋を継ぐのが嫌だった弟がどうして途中で店を継ぐと言い出したのか、そして兄に任せられないと言っていた父はなぜ最後に兄に店を任せたのか。
弟が店を継ぐと言ったのは、息子が家を継がなければならないという中華世界の縛りのためであり、父親の意に反することはしたくないから。一流大学を出て大企業で活躍するエリートビジネスマンでも父親の命令には逆らえない。インドネシア華人には大学を出て外資系の企業で十分働けそうな力があっても家業を継ぐために田舎に引っ込む人が現実に多い。
では父はなぜ兄に任せたのか。病室で兄が弟に話したのは、父と母が2人で始めた店を守りたいということだった。兄は行き詰まるたびに母の墓を訪ねて、亡き母にいろいろ相談していた。そのことを知った父が店を兄に任せたということは、店の経営について妻の意見を取り入れたということではないか。
シンガポールに行きたいという息子に対して、父は「私たちはこの土地で裸一貫から今の地位を作り上げてきた。なのになぜ外国に行く必要がある?」と叱る。その父を演じているのが『うちのおバカ社長』(My Stupid Boss)にも出ていたマレーシア華人のチュー・キンワーで、キンワーにとってインドネシアは外国だというのがおもしろい。(ただし妻がインドネシア人だという意味では完全な外国ではない。)
役者に関しては、『ビューティフルデイズ』(Ada apa dengan cinta)の1と2でカルメン役のアディニアが兄の恋人役で出ており、雑貨屋の従業員が「『ビューティフルデイズ』のカルメンに会いたいなあ」と言っていた。『ビューティフルデイズ』はいろんな映画に参照されている。


冒頭の『The Underdogs』は若者が音楽グループを作ってインターネット上で動画配信などによって人気を得ていき、カリスマグループと対立するけれど最後に和解するという話。カリスマグループは、『Cek Toko Sebelah』の監督・主演のエルネスト、ラップのYoung Lex、韓国出身のHan Yoo Raの3人組。ほかにも音楽業界で知られた人たちがたくさん出ているようだけれど、興味深いのは最後の和解の場面。
カリスマグループの1人が事故で大怪我して救急搬送され、輸血が必要だと知ると、若者グループが自分たちのファンに輸血を呼び掛ける。エルネストたちが病院に駆けつけると自分たちと敵対するグループを支持しているはずの人たちが大勢輸血に来ていた。驚いたエルネストに対して「みんな同じ血を分け合ったインドネシア人じゃないか」(ちょっと意訳)と言って輸血に向かう。
エルネストはコメディ映画の監督をして自分で主演する人で、作品は、どこからどう見ても華人にしか見えない自分の顔をそのまま使って自虐的な華人ネタが多い。だから、劇中でこの顔を見れば、インドネシア人だけど原住民系とは心理的に別扱いされている少数派の華人という目で見ることになる。そのエルネストに対して原住民系の登場人物に「みんな同じ血を分け合ったインドネシア人じゃないか」と言わせている。「血」というのは輸血だからという状況を作っておいて、それをちょっとだけ飛躍させてインドネシア人としての血統の話を織り込んでいる。