学問の都ジョグジャカルタ

新聞の切抜き

ジョグジャカルタ市内にタマン・ピンタルといういかにもな名前の文教複合施設のようなものがある。本屋が集まっていると聞いて行ってみた。確かに本屋が集まっていたが、それだけではなかった。学問の都と呼ばれるジョグジャカルタの底力を垣間見たような気がした。


2階建ての建物で、古本や新古書やその他さまざまな出版物を売っている店が何軒も集まっているのだけれど、目を引いたのが市内の各大学のレポートや卒論を売っている店が何軒かあったこと。大学・学部・学科・分野別などに分類されていて、店ごとにリストが作られている。
レポートを見せてもらったら、コピーではなくて現物だった。採点されて、表紙に赤ペンで点数が書かれているそのままの状態で店に並んでいる。期末レポートはA4判10枚程度の長さで、成績によって数万〜10万ルピア。卒論は製本されていて、1冊十数万ルピア。
同じ学期の同じ教員の課題レポートが十数部まとめて売られているので、学生が自分のレポートを売りに来たのではなく、教員か事務員が流しているのではないか。「誰から買ってるの」と聞いたら答えは「ノーコメント」だった。


関心ありげに歩いていると、「何さがしてるの? レポート? 卒論? 分野は何?」と声をかけられた。試しに「災害でレポートを書くんだけど・・・」と言ってみると、「災害のどの分野? 教育? トラウマ? 建物? 最近は災害なら教育か警報装置がいいみたいよ。教育なら新聞記事も多いし」といくつかレポートを出してくれた。レポートの課題に対してどのような切り口で書けばいいかまでアドバイスしてくれるとは、相当の研究通と見た。
レポートを買っても丸写ししたらまずいんじゃないのと聞くと、新聞の切抜きで内容をアップデートすればいいとの返事。意味がよくわからなかったが、言われたとおりに何軒か先の店に行くと、たしかに新聞の切抜きを売っている店があった。
売っているおばちゃんに聞くと、古新聞をどっさり仕入れてきて、暇を見ては政治・経済・社会・芸術・環境・災害などなどの分野に切り分けてためているらしい。分野ごとにトレイに入れて店先に並べられている。
値段は記事の長短にかかわらず、1タイトルあたり500ルピア。客は切抜きを1枚1枚見て、必要なものを3、4枚買っていく。そして、先ほどの店で買ったレポートを下敷きにして新聞の切抜きで情報をアップデートして提出する。そしてそのレポートはそのうちにまた店先に並ぶことになる。
新聞切りのおばちゃんに、現物を売らないで紙に貼ってコピーを売ればいいのにと言ってみたけれど、レポートの最後に資料として現物の新聞の切り抜きを貼り付けて提出するよう求める教員がいるので現物でないと売れないらしい。


個別に見れば、新聞切りのおばちゃんは夏休み中の天気の記録を小学生に売っているようなもので悪事に加担しているとまでは言えないけれど、学生がやっていることは他人のレポートを丸写しする不正行為ぎりぎりだし、レポートを売っている店はその不正行為の手助けで、しかも金儲けしているので悪徳商人だし、そもそもレポートを横流ししている教員だか事務員だかが一番の悪人ということになる。それはそれでけしからんのだけれど、それと別の角度からこのしくみを眺めてみると、ここに学問の都ジョグジャカルタの底力があるのではないかと思えた。
学生たちがレポートを書き、そのレポートに点数がつけられて売りに出され、新聞記事などで新しい情報が付け加えられてバージョンアップされたレポートが別の学生によって提出される。そしてそれがまた売られ、バージョンアップしたレポートが提出され・・・と同じことが繰り返される。
こうすることで、そうやってレポートを書いた1人1人の学生の力はつかないだろうけれど、ジョグジャカルタの大学生コミュニティ全体で見ると、毎年レポートの水準が少しずつ高くなっていると言えるかもしれない。そして、その成果をうまく利用して自分の力をつけることができた学生が優秀な学生として育っていく。
このシステム全体が、良くも悪くも、結果として少数の優秀な学生を生み出す下支えになっているように見える。新聞切りのおばちゃんを含めて裾野が広い下支えで、こういうしくみがあるためにジョグジャカルタが学問の都と言われるまでになっているのではないかと思った。