外国免許の切り替え

つい最近、友人が外国の運転免許を日本の運転免許に切り替えるのに立ち会った。私も数年前に外国免許からの切り替えをしたことがあったが、今回はずいぶんとやり方が違っていた。自動車免許試験場の外国免許切り替え窓口での係官とのやり取りを見ていると、脇で見ているだけでもこの上なく不愉快な気持ちになった。窓口には外国免許の切り替えで来た人が他に3組いたが、どの人たちも憤慨して帰って行った。事前にインターネット上で情報収集したけれど、こんなことになっていたとはどこにも載っていなかった。その理由は、外国免許からの切り替えをするのは外国人の場合がほとんどで、窓口で憤慨してもそのことを日本語で書いたりしないからかもしれない。でも、仕事上のパートナーか私生活上のパートナーかはわからないが、このとき出会った3組はどの人も日本人が付き添いに来ていたので、ここで日本語で情報提供することは私憤を晴らすだけでなくこれから外国免許の切り替えをしようとする人の憤慨をいくらかでも軽減することに役立つかもしれない。
憤慨の理由は窓口の担当官の説明不足に尽きる。自分たちは何件も処理してきたからよくわかっているのかもしれないが、窓口に来る人はみんなはじめての経験だ。しかも、自動車教習学校に通って運転免許を取る多くの人たちとは違う経路で免許を取ろうとする人たちだ。標準コースならばその過程で学ぶともなく耳に入って理解していることでも、標準コース以外の人には馴染みがない表現も多い。しかも、運転の技術や心構えの話ではなくて窓口で手続きする手順の話だったりするので余計に納得がいかない。
まずは顛末を。友人から相談を受けた。運転免許の更新をうっかり忘れて免許が失効してしまったそうだ。失効から半年以内なら「うっかり失効」ということで復活の可能性もあるようだが、その期間は過ぎている。幸いにも失効して1年に満たないので、やり直しは仮免からでいい。でもそれにかかるお金や時間や手間を考えると、仮免からのやり直しはできれば避けたい。そこで知恵を絞って思い当たったのが外国免許からの切り替えだった。私が外国免許から切り替えたときの話はしてあったので、それを思い出して、そのときの様子を教えてほしいという。
個人情報に関わるので国名を記すのは控えるが、彼も外国で取得した運転免許を持っている。それを切り替えればお金も手間もそれほどかけずに免許を手に入れられることになる。優良でなくなって初心者からやり直しになるけれど、それはあきらめるという。この話を聞いて、そういう「裏技」は問題ないのかなと思ったけれど、でも日本で免許を取って運転していたのだし、外国免許からの切り替えもそれ自体は認められた正当な手続きなので、窓口で認められればいいだろうということで相談に乗ることにした。
私が外国免許から切り替えたのは数年前。今回とは大違いだった。時間が経ったからか、今回と前回では運転試験場が違ったからか、それとも担当者の個性のせいかはわからない。
まずは前回の話。必要書類を揃えて外国免許切り替え窓口に提出すると、実際に海外渡航していたかどうかパスポートの出入国印で確認されて、1つ2つ簡単な世間話のような質問を受けて、しばらく待たされてから筆記試験を受けた。特別の会場が用意されていたわけではなく、窓口の向こう側に行って職員の机を借りて試験を受けた。ほかに受験したのは3人。日本語が全くできない人もいて、同行している人がスペイン語で通訳していた。後で知ったがサッカー選手らしい。通訳している内容はスペイン語なのでわからなかったが、問題だけでなく答えも教えていたらどうするのかなと思った。問題は10問。ものすごく簡単で、まったく勉強していなくても一般常識で全問解けるようなもの。その場で採点されて、合格した人が実技試験へ。サッカー選手も筆記試験は通ったようだ。
実技は試験場のコースを走る。助手席に座った試験官が言う通りに運転する。減点法で、途中で点数が足りなくなると試験は打ち切り。打ち切り不合格になると日を改めて試験を受けなければならない。筆記試験は一度受かれば次にまた受けなくていいけれど、実技試験を受ける試験料は毎回払う。私は4、5回落とされた。
実技試験を受けていて理不尽だと思ったのは、試験官が言うことの意味がよくわからなかったこと。日本語なので文法上は理解できるけれど、具体的な状況に置いたときにそれが何を指すかがわからない。たとえば、試験の前に「ここは試験場ですが公道と一緒だと思ってください」と言われた。公道と一緒だとどうなるのかわからなかったが、質問を許す雰囲気ではなかったので、信号や標識を守れということかと理解することにした。後でわかったが、実際には、「目には見えないけれど、人が歩いていたり自転車や車が走っていたりしていると思ってそのように演じなさい」ということだった。角を曲がるときは、ただ道路に白い線が引いてあるだけでもそこに建物や塀があって見通しが悪いふりをしろ、何も見えなくても人や自転車が行き来しているという演技をしろ、ということだった。それがわからずに角をすっすっと何回か曲がったら、持ち点がなくなったらしくて試験は打ち切りになった。日本の教習場で練習した人ならそんなのわかりきっていると言うかもしれないけれど、外国人に「公道と一緒」とだけ言ってその前提を共有しろというのは通じない。実際に人や自転車が見えれば注意して運転するだろうけれど、人も自転車も目に見えていないんだから何もないと思って運転するのは当然だろう。それなのに、試験のたびに「公道と一緒」と言うだけ。「公道と一緒」だけじゃなくて「目に見えない人や自転車があると思って運転してください」と一言添えてほしかった。
別のときには「ここで時速40キロは出してください」という指示を受けた。ちょうど40キロで走り続けなければならないのか、それとも40キロ以上ならいいのかわからなかったので、40キロを切るとまずいと思って少し多めに出しておいたら、「暴走とみなします。試験を中止します」だって。だったら「時速40キロちょうどで走りなさい」って言ってよと思う。
そうやって毎回1つずつ覚えていって減点をなくして、5回目か6回目に合格した。今から思えば、1回でもいいので試験の要領を知っている人に事前に車に乗せてもらって、ここでは徐行しろだとかここでは右を見てだとか教えてもらっておくといいと思った。
さて、ここからが今回の話。私は付き添いだったが、隣で見ていても自分のことのように憤慨したので、以下は友人になりかわって自分の話として書くことにする。外国免許を取った国名は、ここでは私が免許を取ったマレーシアということにしておく。
朝9時半ごろに試験場に着き、外国免許の翻訳やパスポートなどを窓口に提出する。日本の免許を持っているか尋ねられたので失効した免許を出すと、その場で取り上げられてしまった。もし外国免許からの切り替えが認められなかった場合には失効から1年以内で仮免から取り直しという手で行く可能性も考えていたけれど、いきなり失効した免許を取り上げられたので少し戸惑う。
名前を呼ぶので待つようにと言われ、いつ呼ばれるかわからないので窓口近くの椅子で待つ。ときどき窓口に人が呼ばれていろいろ質問されている。雰囲気から見て外国免許の切り替えに来た人で、書類の不備だかなんだかで咎められているんだろうぐらいに思っていた。なかなか受理されないのか、ずいぶん食い下がって、1人30分ぐらい窓口でやり合っている。さっさとあきらめて早くしてほしいなあと思って待ち続けたが、ついに正午になり、窓口がぴしゃりと閉められてしまった。昼休みだ。ということは、自分の申請の受理は午後からなのだろう。受理されたら筆記試験と実技試験が続くので、昼食をとるならこのタイミングしかない。午後は1時からなので、それまでに昼食でも食べておいた方がいいと思い、試験場の外にある喫茶店で簡単に食事をとり、12時半ごろに窓口近くの椅子に座って待った。すると、1時になっていないのに窓口が開いて名前が呼ばれた。出頭すると、さっきから何度も名前を呼んでいたのにどこに行っていたんですかと怒られる。だって窓口閉まっちゃったし、昼食食べないとおなかすいて試験に集中できないだろうしと思って食事に行ってきただけなのに。午前中に申請した分は昼休み中でも内容を確認するということのようだけれど、それなら窓口を閉める前にそう言ってくれればいいのに。説明がない。
相手は役人なので、下手に文句を言って機嫌を損ねて受理されなかったら大変なので、とにかく免許証を手に入れるまでは我慢だと思い、ただひたすらあやまる。係官はぶつぶつ文句を言いながらも書類が揃っているかの確認に移ってくれたのでちょっと安心する。書類を眺めながら「マレーシアで免許を取ったんですね、どういう試験だったんですか」とか聞いてくるので、マレーシアの運転免許取得の方法について教えて差し上げようと思い、だいぶ前のことなので少し忘れているところもあるけれど、覚えている部分を中心に、多少脚色しながら教えて差し上げた。筆記試験は何問だったのか、仮免許をとったのか、路上教習は何時間だったか、実技試験では何が試験されたのかなどなど。
後でわかったが、これは面接試験の一環で、本当にその国で自分で免許を取ったのかをテストされていたらしい。いったん椅子に戻るように言われ、だいぶ待たされてからもう一度呼ばれ、「さあ筆記試験か」と窓口に行くと、「さっき話してくれた試験の様子はこちらが持っている情報と違う部分が多いので受理できない」と言われた。世間話かと思ったら試験だったとは。そうならそうだとはじめから言ってくれっちゅうのに。それに、もう何年も前の試験なんて細かく覚えてない。悪いことに、マレーシアで習った自動車教習学校では500リンギ払うと試験に受かるまで何時間でも路上教習をしてくれるというシステムだったため、路上教習を何時間受けたのかなんてはじめから覚えていない。さらに、実際には筆記試験で合格すると仮免許をもらっていたのだけれど、自動車教習学校が一括して処理してくれたので自分は仮免許をもらったという意識がなかった。だから「仮免を取ったんですか」と聞かれたら「仮免許はありませんでした」と答えた。「筆記試験は何問で、何問正解すると合格でしたか」に対しては、「2、30問で、たぶん9割程度で合格だったと思います」と答えてしまった。後で当時のメモをひっくり返してみたらかなり違っていたけれど、でもそんなの覚えてない。「外国免許の切り替えは、申請したときに窓口で免許取得時の教習や試験などの様子を質問します。それに答えられなければ受理しません」とかどこかに書いていてくれないと。
そういうわけで、試験の様子を覚えていなかったので申請は受理されなかった。でも、家に帰って昔のメモをひっくり返せば試験の様子は出てくるだろうから、それを見てもう一度来れば大丈夫だろう、でも実際に試験を受けずに金で免許を買っていたのだとしても試験の情報を手に入れれば答えられることになるな、と思っていると、帰り際に別のタスクが与えられた。本当にマレーシアで免許を取ったか確認するため、マレーシアの陸運局に免許発行証明書を出してもらってそれを提出してくれ、という。そんな証明書なんて聞いたことない。もしかして日本の大使館で出してくれるのかと思い、どこで出してくれるのかを尋ねると「知らない」という。「他の人は出してもらってますよ」だって。レター1通もらうためにマレーシアまで行かなきゃいけないのか、それにマレーシアに行ってもレターが手に入る保証はないので無駄足に終わるかもしれない。マレーシアならどこにいけばよさそうか何となく想像がつくけれど、国によってはレターを取るのに苦労するところもありそうだなと思う。
失効した日本の免許は取り上げられてしまったけれど、つい半年前まで日本の免許が有効だったんだから、マレーシアで免許を取ったのが怪しいだの何だのと言わず、学科試験も実技試験も免除してその場で免許を出してくれてもいいのにと思ったりする。もちろんそんなことは言わないけれど。
その日のうちに免許が取れると思っていたのに取れずにがっかりした友人を送って帰る。私が数年前に外国免許から切り替えた県を聞いて、その県に住民票を移そうかなどと考えを巡らせていたらしい。最悪の場合はマレーシアにレターを取りに行くとして、とりあえず情報収集しようということでマレーシア在住の知人に事情を説明して、どこに何を持っていくと証明証を取れそうかを調べてもらうことにした。すると、人生上の運不運のバランスなのか、試験場でさんざんな目にあったのと対照的に、パスポートと免許の写しがあれば本人でなくても証明証が発行されるらしい。発行手数料は10リンギ。しかも、情報収集してくれた知人が証明証を取って送ってくれるという。このありがたい話に飛びつかない手はない。
数日後に免許取得証明書が郵送されてきた。満を持して運転免許試験場へ。途中の電車では受験勉強のかわりに過去の免許取得のときの様子を書いたメモを読み直して暗記する。こんなのは大学受験以来だろうか。まったくなにやってるんだろね。さて、窓口で再申請。ところがそこで予期しない質問が来た。「前回この窓口に来たのは何月何日ですか」だって。たぶん前回の書類を探すために情報が必要というだけの理由だろうけれど、でも前回のことがあるのでこれも試験の一部かと思って緊張する。悪いことに、前回来たのがいつだったかまったく覚えていない。各方面の記憶を総動員して答える。
1時間ほど待って窓口に呼び出される。前回と同じ人に同じ質問をされる。今度はすらすら答える。かえって怪しいと思うかもしれないけれど、それは気にしないことにする。が、何となく予想していた通り、それだけでは済まず、前回聞かれなかった質問もされる。いくつかは思い出したので答えたが、いくつかは思い出せないので、下手に間違ったことを答えるよりもと思って「忘れた」と答える。
結果待ち。しばらく経って、今度は隣の窓口に呼び出されて、別の担当官にいくつか質問される。こんなことがいつまで続くのか、手続きが明示されていないので闇の中を手さぐりで進むような気持ちになるが、いくつかやりとりすると「視力検査をしてきてください」と言われる。もしかして受理されたのかと喜びながら視力検査をして窓口に戻ると、そこでようやく台紙交付の案内を受ける。どうやら受理されたらしい。台紙がもらえるのは11時20分。筆記試験は免除になった気配があるけれど、やぶへびになるといけないので質問しない。
30分待って11時20分。台紙をくれる窓口に行くと、その日の試験に合格した20歳前後の男女が数十人集まっていた。名前を呼ばれて台紙をもらう。もしかしてもしかしたら実技も免除かなと期待を高めて、手順に従って写真撮影。あとは1時20分まで休み。今日は安心してゆっくり昼食をとる。午後は講習かなと思っていると、あれよあれよというまに話が進み、簡単な事情説明を受けて、免許証をもらって解散。学科試験も実技試験も免除で、講習も受けなかった。しかも、この日は免許の交付を受ける人が100人近くいたけれど、外国免許からの切り替えは最初に名前を呼ばれるので一番早く終わった。
ということで、約1年ぶりに免許を手に入れた。結果としてうまくいったし、そもそも免許更新をうっかり忘れていたために起こったことなのだけれど、それとは別に、手続きの説明不足という問題は何とかした方がいいんじゃないだろうか。
外国免許の切り替えで嫌な思いをした人は多いようだ。ある外国人は、免許切り替えの際に試験場に数万円が入ったバッグを置き忘れて、試験場から連絡が来たけれど、あそこにもう一度行くぐらいならバッグはいらないと言って取りに行かなかったそうだ。外国の運転免許からの切り替えを慎重に行うことに異を唱えるつもりはないけれど、手続きは明示した方がいいんじゃないだろうか。