サバ映画「PTI」

サバ映画「PTI」は、前作「オラン・キタ」で大ヒットを飛ばした黄金コンビのアブバカル・エラとマット・コンゴによる作品で、「オラン・キタ」の姉妹版。こちらも大ヒットして続編まで作られている。以下、「PTI」と続編の「PTI2」の内容と結末まで書くのでご注意を。
「オラン・キタ」でアンパル役だったアブバカル・エラはアンコン役、オム役だったマット・コンゴはオトック役になっている。「オラン・キタ」でインドネシア系だったマット・コンゴはここではフィリピン系。ただしアブバカル・エラが「陸の民」でマット・コンゴが「海の民」という関係は変わっていない。
舞台はサバ州クダット。アンコンの娘クラリスとオトックの甥デンが恋に落ちる「陸の民」と「海の民」の恋愛物語。クラリスはカダザンドゥスン系(おそらくルングス人)で非ムスリム。デンはフィリピン系でムスリム。したがって民族と宗教を超えた恋愛は成就するか、ということになるのだけれど、それとともに、タイトルが示すように、不法移民(PTI)との恋は成就するのかという物語でもある。


ここで少しサバの移民事情を。
サバは現在ではマレーシアの一州だけれど、マラヤ、フィリピン、インドネシアなどの近隣諸国の領域統治の狭間のような存在で、植民地化から取り残される形で19世紀末に国境線が引かれてサバという領域が作られた。だから地元の人々にとってサバとその外を分ける境界は日常生活であまり意味を持たなかったりする。
「海の民」は、国境が引かれてサバという領域ができることで、領域内に暮らす人と領域外に暮らす人に分けられてしまった。領域外というのはフィリピンやインドネシアで、国境ができてもかなり自由に行き来しているし、親戚づきあいもある。だから、「海の民」はサバの原住民と認めていいのか、そもそも彼らはサバの国民扱いされるべきなのかという議論がずっとあった。いまでは、サバで生まれ育てば国民扱いするし、国民扱いされた人たちはサバの原住民として認めるという了解がある。
ところが、人の行き来が盛んなので、長くサバに住んでいてマレーシア国民になっている人もいれば、サバに来たばかりで外国人として合法に滞在している人、そしてサバで不法滞在者として暮らしている人などいろいろいる。しかも、外見からその人物が国民が外国人か不法滞在者かを見分けるのはかなり難しい。労働力を必要とする経済界では近隣諸国からの移民労働者を歓迎しているけれど、裏でマレーシア国民の身分証明証を発行して国民を増やしているのではないか、しかもそれがムスリムによる影響力の増大と結びついているのではないかと警戒する声もある。不法滞在の男性が地元の女性と結婚して裏で手をまわしてもらって違法に身分証明証を手に入れたり、それが見つかって強制送還されることで子どもたちがサバに残され、無国籍児になっているという問題も生じている。
そのような不法滞在者を、サバではかつて「難民」(pelarian)などと呼んでいたが、最近では「政治的に正しい」表現として「無許可の訪問者」を略したPTIという言い方をするようになった。この映画のタイトルである「PTI」は、「percintaan tanpa izin」すなわち「無許可の恋愛」と注記されているものの、このタイトルを見たサバの人たちは100人中100人が「不法滞在者」であるPTIのことを言っていて、したがって不法滞在者との恋愛物語だとわかる仕掛けになっている。


話を映画に戻すと、フィリピン出身のオトックはサバに長く暮らしていてサバの国籍を得ているけれど、デンはフィリピン国籍を持ち、サバで不法滞在しているPTIだった。民族・宗教を超えた恋愛どころか国籍を超えた恋愛でもあったわけだ。一方でクラリスは「陸の民」、しかも中学校の先生なので国に雇われた定職持ち。そんな2人が恋に落ちるけれど、サバで現実にPTIの逮捕と強制送還が進められていることを反映して、映画内でもPTI逮捕のための作戦が展開され、デンはオトックの強い勧めによって逮捕される前に国に帰ることになる。「クラリス、僕は、僕はねえ、サバ人じゃないんだ。フィリピンから来たPTIなんだよ」「サバ人だろうとPTIだろうとデンはデンじゃないの」なんていうやり取りこそなされなかったけれど、桟橋で涙を流しながら手を振るクラリスに見送られて、「きっと帰ってくるから」と言い残してデンはすし詰めのフェリーに乗って国に帰っていく。
これがもし半島部マレーシアであれば、異なる宗教間の恋愛や結婚は家族や親戚じゅうを巻き込んだ大騒ぎになるところだ。しかし、サバでは民族や宗教が違っていてもほとんど問題にならず、さらに国籍を持っているかどうかさえ大きな問題にならず、家族があたたかく見守っている。合法的に入境・滞在していなければ権利を制限するが、適切な手続きに従って入境・滞在していれば民族・宗教や国籍の違いによらず仲間として暖かく受け入れるというサバの様子がよく表れている。


続編の「PTI2」では、デンが正規の手続きに従ってサバを訪れ、定職についてクラリスと再会する話だと聞いていた。楽しみにしていたが、「PTI2」を見てびっくり。デンが入国手続きを済ませてサバに入ると、クラリスはクダットではなくセンポルナに移っていた。しかも、地元の有力者であるムスリム男性と結婚していた。いくらドラマを盛り上げるためとはいえ、そんなに厳しいハードルを与えなくてもよさそうなものを。
物語では、クラリスを探してセンポルナにたどり着いたデンは、まず職を探そうとして、新装開店するホテルのラウンジで専属のギター歌手として雇ってもらう。ところが仕事の初日にホテルのオーナーと会ったデンは、オーナーの夫人としてクラリスと再会することになる。動揺を隠し、クラリスと何の関係もなかったかのように1曲歌ってから、今日で仕事を辞めるとマネジャーに伝えて去っていく。これで物語は終わり。
クラリスと再会して国籍の違いを超えた恋愛を成就させるのかと思ったし、クラリスが別の男性と結婚していてもそのハードルを乗り越えるのだろうと思っていたけれど、全然そんなことはなかった。このリアリティのありすぎる展開は何なのか。
振り返ってみれば、タイトルのPTIは「無許可の恋愛」だ。正規の手続きを経ないでサバに滞在している人との恋愛は認めないけれど、正規に入国して滞在していれば民族も宗教も国籍も関係なく恋愛は認めるという話かと思っていたけれど、続編まで観たら「PTI(不法滞在者)との恋愛はPTI(許されない恋愛)」ということなのかもしれない。
「PTI3」を作るという話もあるそうなので、この話が今後どう展開されるかに期待したい。