ヤスミン世界のなかの「ラブン」

マレーシア・インドネシア関係悪化のニュースを横目で見ながら東京へ。アテネ・フランセのヤスミン特集の後半に間にあった。気分を盛り上げるためにこれから観る「ラブン」について少し。


「ラブン」はオーキッドが出てくるのでオーキッド4部作の1つに数えられたりするし、オーキッドの年代記でいうとどの順番だとかいう見方があるようだけれど、「細い目」と「グブラ」が明確に繋がりのものであるのを除けば、あとはオーキッドとその家族をめぐる複数の物語で、パラレルワールドのようなものだと思った方がいいと思う。無理やり話を繋げようとすると混乱する。それに、「オーキッド」というのは実生活ではヤスミン監督の妹さんの名前だけれど、でも妹さんをモデルにしたんじゃなくて自分のことだろうし。
ただし、パラレルワールドなのでヤスミン・ワールドの設定には共通点がある。「ラブン」に関して言えば、「タレンタイム」でメイリンが点心の作り方を説明して「スンさんの店」と言っているが(日本語字幕ではソーンさんだったかも)、これと「ラブン」に出てくる雑貨屋のスンさんは同じ人を指しているんだろう。
設定ではなく役者の共通点で言えば、「ラブン」のオーキッド役が「グブラ」ではマズ姉さん(礼拝堂の管理人の奥さん)になっていたり、「ラブン」の隣家のお母さんが「グブラ」や「ムクシン」で幸薄いお母さん役を演じたりしていることはすぐわかるだろうが、ほかにも、「ラブン」のヤシン(オーキッドのボーイフレンド)が「タレンタイム」でお医者さんになっていたり、「ラブン」の隣家のイェムが「ムクシン」ではオーキッドのお父さんになっていたりする。どちらも「ラブン」ではずいぶん若く見える。


「ラブン」「細い目」「グブラ」を観る上で知っておいた方が物語がわかりやすくなることを1つ。マレーシアでは、特にマレー人コミュニティでは、高利貸しのことを俗にアロンと呼ぶ。借金の取り立てに容赦ないことで知られており、ヤスミン・ワールドでは取り立て日は金曜日になっているようだ。
グブラの冒頭で、ビラルが礼拝堂に向かう途中、村の中で犬が吠える声に向かって「まだ木曜日だぞ」と叫んでいる場面がある犬が吠えるということは村人以外の人が来たということで、こんな時間に来るのはアロンだろうから、今日はまだ木曜日だ、取り立ての日までまだ1日あるぞ、と言っているのだろう。これは、直接的にはアロンたちに「帰れ」と言っているけれど、それと同時に、借金した人にも「あと1日あるんだから返済の努力をしろ」と呼びかけているのだろう。しかし、「グブラ」のキーは返済の努力をせず、ティマの金を奪おうとした(が、ビラルに止められた)。
その後でもう一度犬が吠えると、キーはアロンたちに捕まってしまう。アロンは、少しだけ猶予をやるけれど、もし今度返せなかったら目を潰すぞと脅したのだろう。(少しだけ猶予をやるというのは「細い目」のジミーの手下がジェイソンに言ったのと同じだ。)そのためキーはティマの金を奪いに行くが、ティマがいなかったためにキアが襲われることになる。
「細い目」でジェイソンがオーキッドに会ったときに本名ではなくジェイソンと名乗ったのは、ジェイソンの本名はシウロンでニックネームがアロンだから。華人はケチだという言い方がされるのがいやで、まして自分の名前が「高利貸し」になるのがいやだったのだろう。
高利貸しのアロンは、はっきりとは描かれていないけれど「グブラ」にも出てくるように思う。オーキッドの両親が田舎の隣家と関係が悪くなっていくが、田舎に行くのが木曜日と言っているので、およらくその翌日に隣家にアロンが来たのだろう。
と書いたけれど、改めて「ラブン」を観て、アロンだという確証は持てないまま終わった。最後の方で夜中に誰かが来て暗闇の中でみんなばらばらになる場面があり、隣家のノル母さんが誰かに襲われるのだけれど、私はこれがアロンかと思っていた。でも人によってはイェムじゃないかという人もいて、この件についてはまだよくわからない。