マレーシア発のアジア映画『水辺の物語』

アジアフォーカス・福岡国際映画祭でマレーシア映画の『水辺の物語』を観た。ちょっとわかりにくいところはあるけれど、強くお勧めしたい映画の1つになった。
ちょっとわかりにくいところがある理由は、おそらく、この映画の物語が唯一の解釈に収斂していくような語り方になっていないため。だから観る人によっていろいろな解釈の可能性が残る。もちろん映画はどれだって観た人の解釈に委ねられるのだけれど、それでも作り手が伝えたかっただろう解釈やメッセージをなんとなく読み解くことはできる。それに対して『水辺の物語』は、複数の解釈の可能性を意図的にどれも対等にしようとしているようなところがあって、作り手の意図を読み解こうとすることにはあまり意味がない。だから観客が無理矢理でも自分なりの解釈をするしかない。でも、そのためには物語の社会背景などいろいろな情報が必要で、それがわからずにこの作品だけ観せられても「わかりにくい」という印象を受けることになる。
映画を観た後でウー・ミンジン監督と話をする機会があり、そのあたりを探ってみたところ、ウー監督はもちろんこの映画のそれぞれの場面について監督自身の解釈を持っているけれど、でもそれが何であるかはあまり話したがらなかった。それは、1つには、「監督の解釈」が独り歩きして、それが正しい解釈とされてしまうことを嫌うためのようだ。この立場は比較的わかりやすい。もう1つの理由は、『水辺の物語』がある意味で制作スタッフの「合作」によるものであり、監督自身の思惑が必ずしもそのまま作品に反映されているわけではないためらしい。ウー監督がいろいろな背景を持ったスタッフのアイデアをうまく集めてそこから何かを生み出そうとするスタイルを採るためで、それがどこに向かうかは監督自身も計算づくではないのだけれど、そこから思いもかけない何かが生まれてくる可能性に身をゆだねようとする態度から出ている。このようにして作られた『水辺の物語』は、マレーシアで作られたけれど、もはや「マレーシア映画」の枠を越えて「マレーシア発のアジア映画」の誕生と見るべきではないかと思う。このことはマレーシアの「新潮流」以後の華人監督たちの特徴として捉えられるように思うのだけれど、それについては『水辺の物語』の内容をまとめてから考えたい。
さて、『水辺の物語』の物語は観客の解釈に委ねられている。ということで、ここでは私の解釈をメモ代わりに書いておきたい。だらだらと長く書いてしまいそうな気がするが、メモなので特にまとめることなくそのまま書くことにする。なお、私の解釈はウー監督の解釈とけっこう違っているらしいので念のため。

登場人物とあらすじ

まずは登場人物を簡単に。
父(カン)と息子(フェイ) 船を出して魚を採り、フェイはカエルを売る。
リリイ 魚の干物工場で働く。フェイから結婚を申し込まれている。同僚のワイルンは友だち(恋人?)。
リリイが働く干物工場のオーナーはガンさん。その奥さんと息子のリアン。リアンは作文が得意。
スーリン ザル貝を採って出荷する工場のオーナー(リーさん)の娘。母親が海で足を取られているのをフェイに助けられる。
アイリン カンがかつて思いを寄せていた女性。夫のピンホーは酒浸りでアイリンとの仲が冷めている。2人には息子のケオンがいる。
続いてあらすじ。最後の最後まで書くので未見の方は注意を。
カンとフェイは船を出して魚を採って暮らしている。フェイは食用カエルの小売りもしている。フェイは干物工場で働くリリイに想いを寄せており、結婚しようと言うが、リリイは「お金が貯まってからね」といつもはぐらかす。フェイと遊びに出掛けるときには同僚のワイルンも誘い、「彼は君の恋人なの?」とフェイに尋ねられても答えない。
フェイは海辺で泥に足を取られて動けなくなっていた女性を助ける。後日、その女性の夫(リーさん)と娘(スーリン)がお礼のためにフェイの家を訪ねる。リーさんはザル貝を採って出荷する工場のオーナーで、フェイを工場に誘い、スーリンを手伝って貝を採る仕事を勧める。
引潮の時期。フェイは貝採りの仕事が忙しくなり、リリイに会う機会が減る。スーリンは、もし結婚したら父が工場を継がせてくれるとフェイに言うが、フェイは恋人がいるからと断る。
フェイが久しぶりに家に目を向けると、カエルがたくさん死んでいた。売り物にならないので半額で売る。ところがカエルには毒が入っていたらしく、食べた人がみんな中毒になる。
その一方で、父カンはかつての恋人であるアイリンの夢を見て、あるときアイリンの家を訪ねる。この30年に5、6回しか会っていなくて久しぶりの再会だった。アイリンと夫との関係は冷え切っている。カンはアイリンに、君を迎えにきた、明日の夜明け前に旧埠頭で待っている、と告げる。アイリンは「行けない」というけれど、翌朝、暗いうちに息子に頼んで旧埠頭に送ってもらう。しかしカンの姿は見えない。
フェイが水のなくなったマングローブの中を歩いていくと、カンが倒れていた。背中に「遺憾」と書かれている。
満ち潮の時期。フェイは久しぶりにリリイに会うが、結婚の話はしなくなった。どうして私を捨てるのかと泣くリリイ。リリイは水に入り、しだいに深い方に進んでいく。場面が切り替わり、リリイが水辺で目を覚ますとフェイがいた。「戻ってきてくれたのね」とフェイが言い、幕が下りる。

『ムクシン』の舞台裏

『水辺の物語』の舞台は、ヤスミン・アフマド監督の『ムクシン』の舞台となった村の「裏」側にある。
フェイが海辺でスーリンの母親を救い、スーリンと両親がフェイの家にお礼に来たとき、「タンジュン・カランにあるスリンの祖母の家に行く途中だった」と話している。タンジュン・カランはクアラ・スランゴールのそばの小さな集落で、集落の中を川が流れており、川から海側には華人の漁師たちが住み、川から内陸側にはマレー人の農民たちが住んでいる。民族も生業も異なる2つの集落が隣り合わせになっている集落で、『水辺の物語』はその海側の華人漁村を舞台にした物語だ。
『ムクシン』の舞台もクアラ・スランゴール付近の集落で、こちらは水田が広がるマレー人の農村だった。『水辺の物語』と『ムクシン』が設定の上でも撮影上も実際に同じ村の両側を舞台しているというわけではないが(ウー監督が『水辺の物語』の前の『象と海』の撮影をしていたときにはすぐ近くで『ムクシン』が撮影されていたらしい)、クアラ・スランゴール付近にいくつか見られる華人漁村とマレー人農村が隣り合った地方を舞台としているという意味で、『ムクシン』の舞台「裏」での物語と言っていいだろう。

福建語話者の海に浮かぶ広東語話者の島

『水辺の物語』は、マレーシアの映画だがセリフのほとんどは中国系の言葉だ。しかも中国系の数種類の言葉が使われている。誰が誰と話すときにどの言葉を使っているかをよく見てみると、『水辺の物語』が「福建語話者の海に浮かぶ広東語話者の島」という設定になっていることがわかる。
これについては少し前置きが必要だろう。
まずはマレーシア華人の言葉について。マレーシア華人は、一般的に4層の言葉を使い分けている。1つめは家庭内で使う言葉。両親や祖父母から習い、多くの場合は広東語や福建語などの中国語方言だ。2つめは、地方ごとの華人の共通語。クアラルンプールなら広東語、ペナンなら福建語、コタキナバルなら客家語というように、地方ごとに優勢な中国語方言があり、たとえ家庭では別の方言を使っていても、家の外では地元の華人どうしならその共通語を使う。中国語方言であることが多いが、華語(マンダリン)が共通語になっている地方もある。3つめは華語。これは華人の民族としての共通語で、学校で学び、新聞やテレビなどでも使われている。違う地方出身の華人どうしが話をするときにはまず華語を使う。4つめは国民の共通語。別の言い方をすれば民族の違いを越えた共通語。都市部では英語、村落部ではマレー語となる場合が多い。このほかに国際社会での共通語も考えられるし、テレビや映画の影響で上に挙げたのとは別に広東語がわかる人もいるなど、現実にはさまざまな人がいてもっと細かい分類もできるし例外もいくらでもみつけられるが、ここではそれを細かく正確に記述することが重要なのではなく『水辺の物語』を解釈する上で必要な背景知識があればよいので、それ以外は考えない。


さて、前置きが長くなったが、『水辺の物語』で使われている中国系の言葉に目を向けると、カンとフェイの親子は互いに広東語を使うが、2人がそれ以外の人と話すときには(後述する2人を除いて)華語を使っている。しかも、何人かはカンに福建語で話し、カンはそれに華語で返し、それでも会話が成り立っている。(もしかしたら福建語でないかもしれないので詳しい方がいたら訂正してください。以下では福建語であることを前提に書いています。)このことは、この地方では地元華人なら福建語がわかるはずだという了解が成り立っているとともに、広東語がうまく使えない人がいるということで、したがってこの地方の地元華人の共通語は福建語ということになる。
カンとフェイは、他の人と話をするときには(2人を除いて)華語を使っている。ということは、この物語で父子以外の人は(2人を除いて)広東語話者でないということだ。父子に対して華語を使う人たちは、描かれていない部分では父子がいないと福建語を使っているかもしれない。そのような状況で父子の2人だけが家庭内で広東語を使い、家から一歩外に出たら華語を使っている。つまり、「福建語話者の海に浮かぶ広東語話者の島」ということになる。
(実際のクアラ・スランゴール周辺の地域の共通の中国語方言は広東語なのだけれど、それはそれとして、ここでは物語から導かれる解釈を示している。この妥当性をどう考えるかという話は別の機会に。)


カンはこの集落に住むようになって30年以上たっており、その間に福建語を話すようになってもおかしくないはずだが(少なくとも聞いてわかっているわけだし)、家庭内では広東語を使うし、家の外でも福建語を使わず、広東語の世界をしっかり守っているように見える。このことをどう考えればいいのか。
父子が家の外で広東語を使う相手が2人だけいる。カンがかつての恋人だったアイリンと話すとき、そしてフェイが自分と家庭を作りたがっているスーリンと話すときだ。ところで、アイリンは自分の息子とは華語で話している。アイリンは家庭内では広東語を使っていないということは、アイリンの夫は広東語話者ではないのだろう。この村の地元の華人で福建語話者だろうか。
さらに、アイリンが自分の息子と話しているとき、どちらも華語を使っているけれど、息子がマレーシア風の華語で話しているのに対してアイリンは大陸中国普通話のような発音で話している。中国からの移民第一世代なのか別の背景があるのかはわからないが、いずれにしろこの集落に何世代も住んでいる地元華人とは違う雰囲気が漂っている。(ウー監督に確認したところ、アイリンを演じた女優はふだんはマレーシア風の華語を話すけれど、この場面では大陸中国風にした方がいいと言って、ウー監督の許可を得てそのように演じたそうだ。ちなみに、ウー監督は実はその意見にはあまり賛成ではなかったらしい。)そのことの意味はあとで考えるとして、カンは、かつての恋人アイリンとの言葉である広東語を家庭内の言葉として守り続けてきたということになる。
もう1人に目を向けて、フェイがスーリンと広東語で話しているということは、スーリン一家は広東語話者なのだろう。それなのにフェイの家を訪ねたときにスーリンの両親が華語で話したのは少し変だが、これについては、自分たちは裕福であるという意識があってよそいきの言葉を使ったためか、家の跡継ぎ候補を探すためにフェイの華語の能力(教育水準と重なる)を確かめようとしたためと考えられないだろうか。


ここまでは言葉だけ見た解釈の可能性だ。ここからはもっと深読みをたくましくしてみよう。
カンは車を持っていたけれど壊れてしまったという。そういえば、道端に車が停めてある場面が移されている場面があった。この車はナンバープレートがWではじまるクアラルンプールの車だ。この車はカンの車で、故障して打ち捨てられたのではないか。もしそうだとしたら、カンはかつてクアラルンプールに住んでいたか、少なくとも頻繁にクアラルンプールに行っていたということになる。クアラルンプールで優勢の中国語方言は広東語なので、カン(そしてアイリン)が広東語を話すことも話が合う。さらに言えば、父親が30年ぶりにアイリンを訪ねて渡した箱に入っていたのは映画のチケットの束で、アイリンがぱらぱらとめくった何枚かを見る限り、1971年と1972年のクアラルンプールの映画館でのものだった。今から40年前にはクアラルンプールで2人で何度も映画を観ていたということだ。(ただし、ウー監督によれば、道端に停めてあった車はカンの車ではないとのことだった。)


以上は物語で描かれている部分。そこからさらに深読みを進めるには、どうしてアイリンは大陸中国風の華語を話したのかという問いが出てくる。先に書いたように、これはアイリンを演じた女優のアイデアであり、そうすることで『水辺の物語』の物語がより広がりを持つと考えたためだろうが、その理由は語られなかった。語られなかったということは、説得力さえあるなら観客が好きに解釈していいということだ。
40年以上前には密接な関係があったけれど、この30年間に5、6回程度しか接する機会がなく、こちらからは今でも広東語で話が通じる仲だと思っているが、実はこちらの知らないところで大陸中国風の別の顔を持っていたということであり、ぱっと思いつくのは中国(それも自分たちの祖先の出身地である広東地方)だ。これが何を意味するかは、なぜこれが「水辺」の物語なのかという話と関わっている。が、長くなったので今日はここまで。