ヤスミンのメッセージ

7月25日はヤスミン・アフマド監督の命日だった。それにあわせてヤスミンに関する本がマレーシアで出版され、ご好意で送っていただいた。
Yasmin How You Know? (Leo Burnett Malaysia, 2012.7, ISBN 978-967-11138-0-6)


マレー語では「死ぬ」を意味する表現がいくつもあり、よく知られている「meninggal dunia」(世を去る)のほかに「pergi tanpa meninggalkan pesan」(言付けを残さずに行ってしまった)というのもある。では、ヤスミンは本当に何も託けを遺さずに逝ってしまったのか。ヤスミンの家族・友人・同僚たちが、それぞれ生前のヤスミンから聞いた言葉を持ち寄って、ヤスミンの託けを一冊にまとめたのがこの本。
タイトルのHow you know?というのはヤスミンの口癖で、意味は文字通り「どうして(そんなことが)わかるの?」だけれど、『タレンタイム』の最後にマワルがメルーに言った「決めつけないで」と重なるものがある。常識にとらわれずに自分の感性に従って考えてきたヤスミンの言葉が集まっている。
本の見かけは、表紙がはぎ取られた作りかけの本にカバーをつけてタイトルだけ書いたような作りになっているけれど、もちろんこれは意図的にしたもの。未完の状態で本として売ることの意味は、この本を読めばわかる(かも)。
有名な「タン・ホンミン」のCMの制作裏話のように映画やCMについての話もとても興味深いけれど、マレーシアの政治や時事問題についてのヤスミンの見解も含めて幅広くヤスミンのメッセージが載せられていて、全体としては映画やCMの裏話や技術的な話よりもその背後にあるヤスミンの人となりや思想がうかがえる。
『細い目』でジェイソンを演じたンー・チューセンがヤスミンのもとで働くことになった初日、ヤスミンに誘われて『ラヂオの時間』を見に行ったらしい。去年、シャリファ・アマニが日本に来たとき、好きな映画は『ラヂオの時間』だと言って、セリフを暗記するほどだったけれど、ヤスミンから紹介されたのかなと思った。


この本に載せられているヤスミンのメッセージはあまりに多岐にわたるので、読む人の状況にあわせてメッセージを読み解けばいいのだろうけれど、私が注目するのはヤスミンが最後に残したCMのメッセージ。この本には、ヤスミンが亡くなったために制作されなかったCMの脚本2本が採録されている。
ヤスミンが最後に書いたCMは「Sweet Sarawak Boy」というタイトルで、サラワク出身で(たぶんクアラルンプールあたりの)カレッジで学ぶ19歳のイガット君が、6月の休暇に同じカレッジで学ぶマレー人、華人、インド人の3人のお嬢さんたちを誘ってサラワクの田舎を訪れる話。3人ともイガットに呼ばれたのは自分だけだと思っていて、ボートの上でお互いに「どうしてあんたが来たのよ」とか言い合っている。ボートを下りて丘の向こうの彼の家に向かう途中、イガットの姉夫婦や妹の恋人とすれ違う。姉はカアマタンが済んでガワイのために実家に帰ってきたところ。
(カアマタンもガワイも、マレー人にとってのハリラヤ・プアサや華人にとっての農歴正月のような年に一度の大きなお祭りで、カアマタンはサバの、ガワイはサラワクのお祭り。カアマタンが終わったころにガワイになる。姉の夫はサバ人なので、5月中はサバでカアマタンを過ごして、ガワイのために姉の実家にやってきたということか。ということは、イガット君は3人のお嬢さんたちをガワイにあわせて連れてきて家族に紹介するということだね。)
イガットは、姉とイバン語で、姉の夫とカダザン語で、そして妹の恋人と福建語で話をする。いったいいくつの言葉が話せるのと驚くお嬢さんたちに答えるイガットの最後のセリフ。
「これが僕らのやり方なんだ。君らももっともっとサバやサラワクを訪れるといいよ。何か学べるかもしれない。」
そして最後の字幕。
「1つのマレーシア。それは現実に存在している――いくつかの場所で」